第6話 告白【下】
心臓が熱い。今にも爆発しそうだ。
まさか、告白することになるとは思ってもいなかったから。何も準備なんてしてこなかった。勢い任せで、思いのままに、心から溢れる言葉をそのまま口に出してしまった。正直、自分が何を言ったのかも、よく覚えていない。
帆波は困惑の色もあらわに黙り込んだまま。ぽかんと開けた口からは、なんの『答え』も出てくる様子はない。途方に暮れるその様は、幼い顔立ちもあいまって、さながら、迷子の子供みたいだ。
そりゃ、いきなり告ったんだから当然だよな。兄貴に好きな人がいる、て――カノジョだとはまだ思っていないみたいだが――流れでバラすことになってしまったし……。
ずしりと胸が重くなった。今になって、思い出したように罪悪感がのしかかってくる。
悲しませたくなくて。『失恋』させたくなくて。兄貴に帆波がフラれる前に――兄貴にカノジョがいるって帆波が知る前に――帆波を奪おうと思った。兄貴のことも忘れるくらい、俺が幸せにすればいい、と思った。それなのに……。
うっかり、俺が『失恋』させたようなもんだ。さっそく、悲しませた、てことだよな。
「――最低の告白だわ」
だよな……と苦笑しかけて、ハッとする。
「幸祈……分かってんの?」
茫然としていたのが一転――そう訊ねる帆波の表情は、険しいものへと変わっていた。その瞳には鋭い眼光が燈り、きっと俺を睨みつける様は、いつも通り……に思えた。不機嫌そうな表情も、刺々しい声も、冷ややかな眼差しも、どれも同じよう――でも、何かが違っていた。今まで感じたことのないような……違和感というには不吉なものを――明らかに、『敵意』と言えるほどの禍々しい雰囲気を帆波から感じていた。
「分かってるって……なんのことを――」
「幸祈が言ってること、二股する、てことだよ?」
「二股……!?」
思わぬ言葉が飛び出して、ぎょっとしてしまった。
「な……なんで、そうなる? なんで、いきなり、二股!?」
「他に好きな人がいるのに、もう一人好きになるって……そんなの、二股でしょ!? 気づいてなかったわけ!?」
「え……ああ……」
そう……なのか?
確かに、兄貴にカノジョがいるとはいえ、帆波が兄貴を好きだ、てことは変わらないわけで。たとえ、帆波が兄貴のことを諦めたとしても、その気持ちがすぐに消えるわけでもないんだろう。俺だって……そうやって帆波を好きなまま、ずっと傍にいたんだ。
そうなると……俺を男として見る、ていうのは、帆波の立場からすれば、二股――になるんだろうか。
「そう……か。帆波からしたら、二股になる……んだな。悪い、そこまでは考えてなかった」
「か……考えなさいよ!」
「でも」と、すぐに気を取り直して切り返す。「俺は気にしない。今までだって、ずっとそうだったんだ」
「今までも、そうだったの!? ずっと……!?」
「――ああ。ずっとだ」
「なんで……そんな堂々と言えるのよ」
愕然としてから、帆波は「ありえない……」とぽつりと言って、
「幸祈が……そんな男だと思わなかった。もっと……誠実な奴だと思ってた……だから……」
急に勢いをなくして後退りながら、帆波は口ごもった。
茫然と俺を見つめる帆波は、あまりにも力無く。その瞳が、再び、潤み始めているようにも見えて。
ぞっとするような焦燥感を覚えた。
「帆波……」
咄嗟に、近づこうとしたとき、
「近づかないで!」帆波は警戒心もあらわに身を縮ませ、びしっと俺を指差してきた。「この……どヘンタイ!」
「どヘンタイ!?」
「欲張り色情魔!」
「ど……どこの妖怪だ!?」
「もうバスローブ着て、どこへでも行けばいいのよ!」
「それこそ、ヘンタイだろ!?」
「私、絶対ムリ! 絶対厭だ! 三人で……とかムリ!」
「三人で!?」
なんだ? なんの話をしてるんだ? 三人って……俺と帆波と、兄貴か?
もしかして、三人で争いになるとか思ってるのか――?
「帆波、落ち着け! 大丈夫だ。別に、俺と兄貴がケンカになったりとか……そういうことはねぇよ」
「なんで、広幸さんが出てくるのよ!?」
くわっと目を見開き、帆波はひときわ大きな声を張り上げた。
「佐田さんと三人でデートしたり、お揃いのバスローブ着たり……他にも何考えてるのか知らないけど、そういうの全部ムリ! 私は幸祈のこと独り占めしたいの! 頭の中に他の子がいるのも厭! 幸祈が他の子を触るのも厭! 私だけがいい!」
まるで子供が駄々をこねるように……わあ、とそんなことを捲し立てるや、帆波は我に返ったようにハッとして、ぶわっと顔を真っ赤に染めた。
「な……何を言わせるのよ、どヘンタイ!」
「俺!?」
お前が勝手に言ったんだろ――と、いつもなら、言い返していたんだろうが。今は、そんな余裕も無かった。
じんわり涙を浮かべ、恥じらうようにそっぽを向く帆波を前に、ゾクリと全身に痺れるような感覚が走る。
信じられなかった。耳を疑った。幻聴か何かだろうか、とさえ思った。
その口調に、相変わらず、可愛げなんて無かったけど。その刺々しい言葉が紡いだものに、毒気なんてさらさら無くて。それどころか、身体中が蕩けそうなほど甘いもので。脳みそまで溶かされたみたいに、何も考えられなくなった。
柔らかそうなモコモコとした寝巻きを着込み、髪には少し寝癖がついて……その姿は、いつも以上に幼く無防備に見えて。そんな格好で、頰を染めて羞恥に悶える様はいじらしくて、たまらなく唆るものがあって。
それで、独り占めしたい――なんて言われたら……。
必死に留めた理性がぐらつく。波のように激しく荒ぶるものが胸の奥から込み上げてきて、今にも身体を持っていかれそうになる。
俺だって、帆波の頭の中に他の奴がいるのは厭だ。帆波に他の奴が触るのも厭だ。佐田さんと三人でデートしたいなんて思わない……って、え? 佐田さん?
「なんで、佐田さんが出てくる!?」
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