第11話 あからさま【上】

 あからさまだ、ていう自覚はある。

 幸祈と一緒にいるとすぐに感情的になっちゃって。幸祈の言葉に一喜一憂して、幸祈の一挙手一投足にムキになる。明らかに、他の男子に対する態度とそれはあまりに違っていて。そういう私を見て、周りは自然と気づいていったんだと思う。幸祈のことが好きなんだ――て。

 面と向かって確認してくる人は――仲良い友達と恋バナするとき以外は――いなかったけど、もうそれは中学では周知の事実みたいなものになっていて、付き合うのも時間の問題――なんて噂も流れていた。中には、実はもう付き合っている、て信じてこんでいる人もいたくらい。

 それで良かった。好都合とさえ私は思っていた。

 告られても『ごめん』と言えば、皆、『やっぱり』って顔してあっさり退いていってくれたし、幸祈に近づく女の子も(私の知る限りでは)いなかったし。そういう周りの雰囲気に呑まれて、幸祈が私を意識するようになってくれたら……なんて希望まで抱いていた。『いっそのこと、本当に付き合うか』とか幸祈に言われるのを密かに期待していたりして。まあ、そんな調子の良いこと、起こるはずもなく……。幸祈は結局、最後まで噂の存在さえ気づいていない様子だったけど。

 とにかく――。

 それほどまでに私はあからさまだったから。もはや、誰も私たちを揶揄ってもこなかった。一緒に登下校していようが、教室で喧嘩していようが、皆、スルー。好奇の視線を向けられることもなかった。それは、言うなれば、温室みたいな。片思いをするには絶好の環境で。誰からも何の妨害を受けることもなく、私はぬくぬくと片思いをしてきた。


 だから……私にはが無いのだ。

 この――横からひしひしと感じる生ぬる〜い眼差しが、居心地が悪くてたまらない。


 かあっと顔が熱くなって、身体中がムズムズとして落ち着かない。どうしていいか、分からなくなる。

 ああ、もう見ないで〜! て叫びたいのをぐっと堪え、ハンペンマンを抱きしめながら、おずおずと視線だけでそちらを見る。

 すると、


「やあ、帆波ちゃん。いらっしゃい」


 リビングの入り口に佇んでいたのは、すらりと背の高い細身の男性。無地のTシャツにゆったりとした濃紺のカーディガンを着て、下は黒のスキニーパンツ。少し長めに伸ばした髪はくしゃりとパーマがかって、へらっと浮かべる笑みは締まりも飾り気もない。全体的にラフでのんびりとした雰囲気があって、その人の周りだけ、まるで時間がゆっくりと流れているようにすら感じるほど。真面目そうな幸祈のそれとはだいぶ違う――けど。二人とも、母親おばちゃん似なのだろう。その落ち着いた顔立ちは幸祈とよく似ていて、黒縁眼鏡の奥でそっと細めた目もおっとりとして優しげで幸祈そっくりだ。

 幸祈の六つ年上のお兄さん――広幸さん。

 マイペースで、掴めないところのある不思議な人……だけど、小さい時から、私ともよく遊んでくれて、喧嘩する私たちを見つけてはお菓子を手に仲裁に入ってくれた。私にとっても実のお兄ちゃんみたいな存在だ。


 でも、……なんだと思う。

 広幸さんのこと、まるで身内みたいに思っているから。だからこそ、余計に……居心地が悪いんだ。

 幸祈と喧嘩する私を見つめる広幸さんの眼差しが、いつからか、他意を含むようになっていて。その生暖かな眼差しは、『俺は分かっているからね』と言わんばかりで。『こうきのこと、ほんと好きだよね』て心の声が聞こえてくるようで。

 見つめられるだけで、恥ずかしくてたまらなくなる。

 つい、逃げるように広幸さんから視線を逸らし、


「お……お邪魔してます、広幸さん」


 すっかり威勢をなくして萎んだ声で、私はぽつりと言った。

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