第7話 謝罪と本音【上】

 嘘……でしょ。

 怒られた……? な……なんで……?

 ただ、言い間違えただけだけど。本当は『一緒に居たい』って言おうとしただけだけど。それでも……それでも、私、『一緒に寝たい』ってはっきり言ったんだけど!? 『一緒に寝たい』よ? 女の子が『一緒に寝たい』って言ったのよ?

 寝たい――て言ったら、男として、ちょっと……期待したりしないの? やましいこととか、考えるもんじゃないの? 

 せめて、狼狽えなさいよー! って、今にもリビングから飛び出して、二階に向かって叫んでやりたかった。


「あー、もう……!」


 こうなったら、本当に一人で寝てやる。

 再び、ソファにごろんと横になり、幸祈のブランケットをがばっと頭まで被って目を瞑った。

 怒鳴らなくてもいいじゃん、バカ! ――そう心の中で悪態づきながらも、じんわりと目頭が熱くなってくる。

 ああ、だめだ……泣きそう。


 一人で寝ろ! なんて……そこまで拒否らなくても良いじゃん。少しくらい、慌てるとこ、見せてよ。顔赤くしたり、鼻の下伸ばしたり、うっかりニヤけちゃったりさ……そういうリアクションは無いわけ? ちょっとでいいから、動揺してよ。

 それこそ、もう子供じゃないんだ。興味くらい、あるんでしょ? 、してみたいとか思わないの?


 もしかして……私――だから?


 私だから、興味ないの? 私じゃ、なの? そういう対象には見れない……とか?

 なんで? やっぱ……色気? 女としての魅力が足りてない?


 確かに……と、目を瞑ったまま、ブランケットの中で私は唸った。


 『女の子の隙に、男の子はドキッとする』ってネットに書いてあったから、いつも、ゆるいTシャツにショーパンという……恥ずかしいくらいスキだらけな格好で来てるのに。幸祈はドキッとするどころか、会うたび、イラッとした顔を浮かべている気がする。もちろん、指一本触れてくることはないし、距離を詰めてくることもない。常にど真面目にパーソナルスペースキープ。

 まさか……と嫌な予感がして、自然と手が胸元へと向かっていた。そっとTシャツの上から触れたそれは、結構な膨らみ……だと自分では思っているけど。幸祈には足りない……とか? Cカップじゃ、あいつは物足りない? だから、ドキッとしてくれない?

 ハッとして、私はブランケットの中で目を開いた。

 どうしよう。

 考えたこともなかった。幸祈の好みのこと……。もし、幸祈がとんでもない巨乳好きとかだったら、私なんて……幼児体型!? 『対象外』も当然で――。


「帆波」


 突然、ガチャッと扉が開く音がして、さっきとは違う……いつもの落ち着いた声が聞こえた。

 その瞬間、押さえた胸の奥で心臓が飛び跳ねる。

 思わず、がばっと飛び起きた――瞬間、ぼふっと柔らかなものが顔にぶつかった。


「わ……なに!?」


 クッション……でも投げつけられたのかと思いきや。ぽとんと膝の上に落ちてきたのは、ぬいぐるみだった。大きさは三十センチほど。真っ白な三角形の頭に、ゆで卵みたいな丸々とした体からはぴょんと短い手足が伸びて、からし色のコスチュームを着ている。気の抜けるような笑みが特徴的な……。


「ハンペンマン……!?」


 懐かしさと驚きが同時にこみ上げてきて、なんとも素っ頓狂な声が飛び出していた。


「なんで……」

「母さんが、呪われそう、とか言って、ぬいぐるみ捨てるの怖がっててさ。だから、全部、二階の押入れにしまいこんでんだよ」

「そういうことじゃなくて――」


 ハンペンマンを両手で抱えつつ、ばっと振り返ると、


「一人で寝るのが寂しいなら、それと寝ろよ。昔みたいに」


 そっと隣に座りながら、幸祈はそんなことを言ってくる。おっとりとした口調で。呆れたようで……やっぱり、優しげな笑みを浮かべて。

 胸が張り裂けそうになる。

 ずるい――。


「なによ……子供じゃないんだから一人で寝ろ、て怒鳴ってきたくせに! ぬいぐるみと寝ろ、て……子供扱いしてんの、そっちじゃん」

 

 条件反射みたいに。そんな憎まれ口叩いて、私はふいっと顔を逸らしていた。

 高校生にもなってぬいぐるみ? 昔みたいに、ていつの話してんのよ?

 子供扱いしないでほしいのに。もっと女として見てほしいのに。いっそのこと、私は幸祈と一緒に寝てもいいくらいなのに。


 腹立つ……のに。


 ダメだ。――嬉しい。

 わざわざ、私のためにハンペンマンを持ってきてくれる優しさが。怒ってたくせに、結局、私のことを放っとけなくて戻ってきちゃう真面目なところが。幸祈のそういう――昔からずっと変わらないところが、私は好きだから。

 救いようがないよね。

 子供扱いされて、怒りたくても……勝手に胸が高鳴る。口許が緩んでしまう。身体の奥が熱くなって、うずうずする。いてもたってもいられなくなって、今すぐにでも、幸祈に抱きつきたくなって。できることなら……抱きしめてほしい、なんて思ってしまう。そんな衝動を紛らわすように、私はぎゅっとハンペンマンを胸の中に押し込めるように強く抱きしめた。あの頃――両親の帰りを、幸祈と一緒にウトウトしながら待っていたときみたいに……。

 そのときだった。


「――ごめん。さっきは……いきなり怒鳴って悪かった」


 珍しく、何も言い返してこないと思ったら……唐突に、幸祈がそう謝ってきた。

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