第6話 確定【下】
俺と一緒に……寝たい!? な……何を、いきなり言いだしてんだ!?
ふざけんな――てぐわっと苛立ちがこみ上げてきて、一気に頭に血が上るのを感じた。
「お前……何言ってんだ!? 子供じゃないんだから、一人で寝ろ!」
気づけば、そうがなり立て、呆気にとられる帆波を置いてリビングを出ていた。バン、と扉を乱暴に閉め、怒りのままに階段に足を叩きつけるようにして二階まで登る。心臓が焼けるように熱くて、息苦しくて。ブレザーを早く脱ぎ捨てたかった。
自分の部屋に入るなり、ブレザーを脱いで、ようやく深く息を吸う。
それでも、気が鎮まらなかった。
腹立たしくてたまらない。帆波の無神経さが。男に向かって、『一緒に寝たい』なんて軽々しく言ってくる無自覚さが。
兄貴が好きでウチに上がり込んできて、その上、兄貴が帰ってくるまで、俺に一緒に寝てろ、て……? 惨めすぎんだろ。なんの罰ゲームだよ。
いつも、どんだけ、こっちが我慢してると思ってるんだ。隣にいるだけでも、抱きしめたくなって。その衝動を抑えるのに必死だってのに。無防備に横で寝られたら、さすがに無理だ。
一緒に寝ても、俺が何もしてこない、て本気で思ってんのか? 指一本触れてこない、て……? 俺のことをなんだと思ってんだ――て、投げやりにため息吐いて、ふいに気づく。
いや……逆――か。
帆波は俺のことをなんとも思ってない……のか。俺のことを男だとも思ってない。だから、『一緒に寝たい』なんて俺に言える。その言葉になんの深い意味もないから……。
体の中にこもっていた熱がぶわっと蒸気となって逃げていくようだった。一気に力が抜けて、呆然と立ち尽くす。冷静――を通り越して、無になったような……抜け殻にでもなったような気分だった。
確定だ。
もはや、帆波にとって、俺は『恋愛対象外』。ただの幼馴染――それ以上でもそれ以下でもないんだ。
「まじか……」
自嘲するように鼻で笑って、その場にへたりこんでいた。
帆波が兄貴を好きだ、て分かったときに、『失恋』は覚悟していた……つもりだったけど。『恋愛対象外』はさすがにキツイな。
せめて、男だとは思って欲しかった――なんて、惨めすぎるわ。
そういえば……と天井を見上げて、ぼんやりと思い出していた。
昔、まだ、お互いに『下心』もなかった頃。俺も帆波も、好きなのはハンペンマンだった頃。帆波の両親が残業で帰りが遅いと、帆波はウチで夕飯も風呂も済ませて、よく俺と一緒に下の和室で寝てたっけ。俺のか兄貴のか……ウチにあったハンペンマンのぬいぐるみを抱いて、たまに寂しそうにベソかいて。それでも、『幸祈が一緒だから平気だもん』って強がってた。
懐かしさと、どうしようもない愛おしさがこみ上げてきて、観念したように笑みが溢れる。
結局のところ、帆波はずっとあの頃のまま……変わってない、てことなのかもしれない。いつの間にか、可愛げはなくなったけど。兄貴のこと、『広幸お兄ちゃん』から『広幸さん』って呼ぶようになって、兄貴目当てでウチに上がりこむようになったけど。俺への気持ちだけは、子供のときからずっと変わらないんだ。
変わったのは俺のほう。ただ、俺が勝手に帆波を女として見るようになっていた、てだけで……。
それを帆波に押し付けるのは間違ってる……よな。
子供じゃないんだから、一人で寝ろ――なんて、偉そうに怒鳴りつけて。ただの八つ当たりだ。子供だったのは俺のほうか。
深呼吸して、ゆっくりと立ち上がる。
謝ろう――と思った。
それで、少しずつでいいから……気持ちに整理をつけよう。すぐには完全に吹っ切れることはできないだろうけど。せめて、努力は……意識を変える努力はしていかないと。きっと、また、一方的な感情をぶつけて、いつか、帆波を傷つけることになる。
まあ、それにしても――だ。『一緒に寝たい』なんて軽はずみに言うもんじゃねぇよな。一応、年頃、てやつなんだし。しかも、あんな大声で……。
それだけは、男として忠告しておいてもいいよな。ただの幼馴染に戻る前に。
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