第5話 確定【上】
私……なに言ってんの!?
ぼん、と今にも爆発しそうなくらい、顔が熱くなって。咄嗟に、私は幸祈の袖から手を離して俯いていた。
でも、そんなことをしても……いくら幸祈の視線から逃げようと、
「ね……寝かしつけるって……なんだよ?」
当然のごとく、そんな問いが降ってくる。
うぐ……と思わず、うめき声をあげそうになった。
そりゃそうよね。聞くよね。私でも聞くわ。自分でも思うし。寝かしつける、てなによ!? って。
でも……仕方ないじゃん。必死だったんだもん。
幸祈のせいだ。幸祈が部屋に行く、て言うから。焦ったんだ。引き止めたくて……行かないで、て言いたくて。気づいたら、変なことを口にしてた。
いつも、そうだ――。
本当は、ちゃんと言いたいのに。幸祈に逢いに来たんだ、て。幸祈と一緒にいたいんだ、て。幸祈のことが好きなんだ、て。もう何年もその気持ちを心の奥に押し留めて、張りぼてみたいな強がりで蓋をして、ずっと隠してる。
ただ、怖いから……。
ぐっと唇を噛み締める。
いつまで、こんなことをしているつもりだろう。
私たち、もう高校生で。今は違う学校で。きっと、これからもっと会えなくなっていく。部活が本格化して忙しくなったら、幸祈の帰りも遅くなる。そうなったら、こうして家に上がり込んでも、幸祈と一緒にいられる時間なんてきっと僅かだ。
落とした視線の先で、リモコンを握りしめる手に力が入った。
この関係を変えたくなかった。この関係を壊してしまうのが怖かった。気持ちを伝えなければ、このまま、一緒にいられる。それでいい、なんて思ってた。でも……変わっちゃうんだ。私がうじうじとしている間にも、どんどん周りは変わっていくんだ。いつまでも、昔みたいに――なんて夢物語だ。どんなに、このリビングが昔のままでも。ここで過ごす幸祈との時間が昔のままに思えても。『ハンペンマン』だって別の時間にいっちゃって。私はもう子供じゃなくて、幸祈もそう……。
私が幸祈を好きだ、て思ってるみたいに……幸祈にだって、そう思う人が現れるかもしれない。ううん――もう、いるかもしれない。
「帆波――?」
ふいに、ふわりと鼓膜を優しく撫でるような……そんな柔らかな声がして、ハッと我に返ると、
「どうかしたのか? 黙り込んで……。なんか変だぞ」
目の前に幸祈の顔があった。
しゃがみこんで、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
その眼差しは、呆れたようで、慈愛に満ちて。ずっと変わらなくて。心をくすぐられる。見つめられるだけで、胸の中が熱くなって苦しくなる。そして――切なくなる。
奪われたくない、て思う。この眼差しの先にいるのは、私だけであってほしい、と思う。
「もしかして、寝ぼけてんのか? ワケ分からんこと言って……」ため息混じりに言って、幸祈は立ち上がった。「起こして悪かったよ。さっさと寝ろ。目瞑って、羊でも、ハンペンマンでもなんでも数えてれば寝れるだろ」
あ――と顔を上げれば、幸祈は身を翻し、リビングの扉に向かうところだった。その背中に、火柱みたいに焦りが体の奥から立ち上ってきて。私はソファの上に膝立ちになって、「幸祈――!」て呼び止めていた。
伝えよう、て思った。少しずつでもいいから、伝えていかなきゃ、て……。
いつまでもこのままでいたら、幸祈は離れていくだけだ。
寝かしつけろ、て言ったのは……寝たいからじゃない。ただ、私は幸祈と一緒に居たいんだ、て――伝えよう。
幸祈が振り返るのが、スローモーションみたいにゆっくりと見えて。緊張で身体中が熱くなって、頭の中まで茹で上がるみたいだった。
ええい、もう知るか――て、私は半ば、やけくそで、こみ上げてくる気持ちのままに口を開いた。
「私は、ただ……幸祈と一緒に寝たいの!」
って……え? 今、私、なんて……?
ハッとしたときには、その声はもう余韻となって部屋に響いていて……。
大人しそうなその顔に、これでもかというほどに驚愕の色を浮かべ、幸祈が私を唖然として見つめていた。
嘘……。言い間違え……た? 『一緒に居たい』じゃなくて……今、『一緒に寝たい』、て言っちゃった!?
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