第3話 ごまかし【上】

 我慢って……言ったよね? なに? 何を我慢してるの? 


「いつから……?」って、まだ幸祈はあたふたとして、「いつから、起きてたんだ!? まさか……お前、寝たふりしてたのか!?」

「は……はあ!?」


 図星よ、バカ――!

 ぶわっと顔が熱くなり、私はとっさに飛び起きた。


「なんで、私が寝たふりなんてしなきゃいけないのよ!? 自意識過剰じゃない?」

「なんで、自意識過剰になる!?」

「あんたが意味分かんないこと言って、私のこと起こしたんでしょ!」


 さらりと髪をはらい、私は「――で?」とわざと声に苛立ちを滲ませて訊く。


「何を我慢してたわけ?」


 ふん、と顔を背けつつ、ちらりと目だけで幸祈の反応を確認する。

 「何をって……」と声を萎ませ、視線を泳がせるその様子――いつも冷静で、一歩引いた感じのある幸祈には珍しい。顔も少し、赤い気がして。まるで、照れてる……みたいで。

 心臓が勝手に騒ぎ出す。

 そんな反応されたら、もしかして――て期待しちゃうよ。


「ま……まさか……寝てる私に、キスとかしたくなっちゃったとか?」


 我慢できず、からかうみたいな口調でそんなことを訊ねていた。震える手をごまかすように、ぎゅっと力一杯ブランケットを握りしめて。


 言っちゃった。私、『キス』なんて……幸祈の前で言っちゃった。

 初めてだ。そんな単語を口にしたのは。


 どうしよう。幸祈の顔、見れない――。


 そっぽを向いて、視界の端で捉えたその陰は、ぴくりともしなかった。声も物音もしない静まり返った部屋で、幸祈の視線だけを感じる。居心地悪いようで、心地良いような。苦しいようで、気持ちが良いような。不安と興奮が混ざり合ったような……妙な高揚感を覚えて、ぞわぞわと鳩尾の奥がざわめいていた。

 そうして、どれくらい経ったんだろう。

 長いようで一瞬だったような……そんな間があってから、ふっと幸祈が短く息を吐くのが分かって、


「んなこと、考えるわけねぇだろ」と呆れたように、力無く言う声が聞こえた。「ただ、俺は帆波が……」


 私が――?

 そこで急に口ごもってから、幸祈は咳払いして「ただ、俺は――」と語調を強めて言い直した。


「お前がそうやってソファに寝てるから、観たいテレビも観れねぇんだよ!」

「テ……!?」


 テレビ? 我慢って……テレビ!?


「なによ、それ!?」と私はきっと幸祈を睨みつけ、声を荒らげた。「子供じゃないんだから、テレビくらいで文句言わないでよ!」

「なんで、お前はそんなに偉そうなんだ!? だいたい、なんで、人ん家のリビングで寝てんだよ!? 眠いなら、自分ん家で寝ろよ!」

「それは――」


 つい、言葉に詰まる。

 幸祈あんたに逢いたくて……待ちくたびれて寝ちゃった――なんて、言えるわけないでしょ。


「それは……」と私はついと視線を逸らして、突き放すように言う。「あんたの……お兄さん――広幸ひろゆきさんのこと待ってたら、寝ちゃっただけよ」


 動揺を悟られたくなくて、そうして、いつも私は必死に虚勢を張るんだ。

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