第36話 児童会長に立候補する
それから半月余りが過ぎた。
藍子は学校の体育館にいた。
演壇のスピーチ台の前には、
――次期児童会長立候補予定者
黒々と大書された紙が張り出されている。
壇上のパイプ椅子に男女合わせて6人の5年生が緊張した面持ちで座っている。
広い会場は、演説を聞きに集まって来た全校生や教職員で埋め尽くされていた。
パイプ椅子に浅く座った藍子は、心臓がドキドキして落ち着かなかった。
学級会のとき、思いきって手を上げ立候補を名乗り出たことがいまさらのように悔やまれたが、ここまで来て、そんなことを考えても、まさにあとの祭りである。
ざわざわする会場の空気に負けまいと、鼻から大きく息を吸いこんだ藍子は、「じゃがいも、じゃがいも……」とうさんに教わったおまじないを繰り返した。
「畑のじゃがいもを相手に緊張しても仕方ないだろう?」
とうさんはそう言って笑っていたけど、たしかにね!
丸いの角張ったの、大きいの小さいの、太ったの痩せたの、色の濃いの浅いの、よく見れば、じゃがいもだっていろいろで、それぞれがそれぞれのいい味を出している。わたし自身もそのひとつだと、いままでなぜ気づかなかったんだろう。
ふっと微笑むと、緊張がうそのように消えてゆく。
スピーチ台では2組の男子が熱弁をふるっていた。
つぎはいよいよ藍子の番だ。
家で何度も練習して来た出だしを、もう一度、頭のなかでなぞってみる。
――わたしが児童会長に選ばれたら、来年入学して来る1年生が、ひとり残らず学校が好きになれるように、まず「朝のあいさつ運動」から始めたいと思います。
ひと息にそこまで言うと、あとは自然に言葉が導き出されて来るはずだった。
――つぎに「ひとり1冊読書運動」を提案したいと思います。読んだ本をクラス会で順番に紹介し合い、その内容についてみんなで話し合うのです。どんなことが好ましいことで、どんなことが好ましくないか、本が教えてくれると思います。
――それから6年生を中心にした「声かけ運動」も行いたいと思います。下級生が困っていないか、悲しい顔をしていないかいつも目を配っていて、なにかあったらすぐに駆けつけるのです。そして、そのクラスで話し合ってもらって、みんなで最善の方法を考えるのです。新6年生のみなさん、下級生を守り抜きましょう!
*
藍子の名前がアナウンスされた。
ゆっくりと立ち上がり、スピーチ台のマイクの前で一礼すると、さっそく会場のうしろのほうから訛声が飛んで来た。「いよっ、待ってました、どてかぼちゃ!」
賛同の口笛が鋭く鳴りひびき、会場は一気に騒がしくなった。
藍子は微笑みを浮かべた顔を上げ、はっきりした口調で心をこめて語り出した。
「そうなんです、わたしは1年生のころから、どてかぼちゃと呼ばれて来ました。そのことが辛くて学校へ来たくなくなったこともありました。でも、いまはちがいます。わたしは自信をもって宣言します。かぼちゃはかぼちゃでも雨や風に耐え、太陽の光をいっぱい浴びた、ほっこり甘いどてかぼちゃです。そんなわたしなら、それぞれ弱いところを抱えているみなさんのお役に、きっと立てると思います」
一瞬、静まりかえった会場に、つぎの瞬間、割れるような拍手が巻き起こった。
前のほうの2年生の席から、弟の慎司が姉にだけわかるVサインを送って来た。
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