第34話 かあさんは知っていた




 

 乳児院からの帰り、藍子はかあさんに天神さまに寄って行こうと誘われた。

 人通りの少ない通りを並んで歩いていると、かあさんがしんみりと言った。


「ねえ、藍子。学校でいろいろあって大変だったでしょう」

 藍子は驚いて足を止めそうになった。


「とうさんもかあさんも心配でたまらなかったけど、小泉先生が『もう少し様子を見てあげてください』とおっしゃるので、先生を信じてお任せすることにしたの」

 

 ――なあんだ、そうだったのか。

 

 学校の惨めな自分を知られたくなくて、わざと明るくふるまってみせたり、ときにはツンツン突っ張ってみせたりしていた自分は、いったいなんだったんだろう。

 とうさんもかあさんも、それに朝子先生も、大人はみんな人がわるいなあ。


「それからね、藍子。『麗羅さんのうそを見抜けなくて申し訳なかった』って先生言ってらしたわよ。かあさんもそのことを知らされた夜は悔しくて眠れなかった」


 心なし、かあさんの声はふるえている。


「でもね、藍子。真実はいつかは明らかになるものだと思うの。おばあちゃんたちむかしの人は『だれが見ていなくてもお天道さまが見ていらっしゃる』って言ってお互いを戒め合ったものだそうだけど、だれがなにを言い繕おうとも、本当のことは自然にわかるように、だれかが仕向けてくださっているのかもしれないわね」


 子どものころ、かあさんにも辛い出来事があったのだろうか。それを乗り越えて来て大人になったからこそ、こんなにもやさしい目の持ち主になれたのだろうか。

 藍子はそう考えながら、あらためて、かあさんのことが大好きだと思った。

 

 教室で起こっていることは、親にはどうしようもできない。

 四六時中そばにいるわけではない先生にだって限界がある。


 だから、子ども自身が強くならないと、辛い状況から抜け出すことはできない。

 であればこそ、とうさんもかあさんも、ごはんがのどを通らないほど心配だったのに、ぐっと我慢してなにも言わず、大きな目で見守っていてくれたのだろう。


 いま、藍子はそのことを十分すぎるほどに理解していた。

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