第31話 白鳥ファミリー





 週末、とうさんは近くの花井川に来ている白鳥の世話で忙しかった。


 飛行中に電線や土手にぶつかったり、釣り人が放置したおもりを呑み込んだり、流れて来たビニール紐にがんじがらめになって動けなくなったりした白鳥が、野生動物保護活動のボランティアの手で「やまねこクリニック」に運びこまれて来る。


 そんな事故に遭うのは、たいてい、くちばしが紅色で羽毛が灰色の子どもの白鳥で、そのまわりに両親や兄弟姉妹の白鳥たちが心配そうに寄り添っているらしい。


 ――白鳥の家族はとても仲がよくて、どんなときも一緒にいるんだよ。


 夕方、藍子と慎司を花井川に連れて行ったとうさんが説明してくれた。

「ほら、ごらん。あそこに浮かんでいるひとかたまりの白鳥ね、あれも家族だよ。子どもの前とうしろを両親が守っているだろう? ああして水に浮いているときも水中に首をつっこんで水草をついばむときも、夜、中洲なかすに上がって休むときも、それに空を飛んでほかの川や湖に移動するときも、家族はいつも一緒なんだよ」


 とうさんが指さす先には、5羽の白鳥が花のようにひとかたまりになっている。

 先頭と最後尾で「コーコー」と鳴き交わしている2羽は、黄色いくちばしに白い羽の大人で、真ん中の3羽は子どもの白鳥らしく、鳴き声も「クークー」と幼い。

 晩秋の日を浴びながら、白鳥家族はのんびりと羽づくろいをしていた。


 だが、ひとたび子どもに近づこうとするものを発見すれば、親鳥は黒いビー玉のような目を尖らせ、羽を大きく広げて「クワ―ッ!」と叫びながらまっしぐらに敵に向かって行く。追われた白鳥が慌てて逃げる場面があちこちに展開されていた。


「ねえ、とうさん。クロも白鳥と同じ気持ちなのかな?」

 まぶしそうに目を細めて川面を見ながら慎司が訊いた。

「散歩のとき、向こうから大きな犬がやって来るとね、ぼくがなにも言わなくてもクロは猛然と飛びかかって行くんだよ、まるでぼくを守ろうとするみたいなんだ」


「そうか。クロは川原で慎司に助けてもらったことをいつまでも忘れないんだね。だから、慎司に危険が迫ると判断すると、勇敢に立ち向かって行くんだろうね」


 さっきの5羽の白鳥家族は、いつの間にかすがたが見えなくなっていた。子どもの鳴き声を聞き分けようと耳を澄ませたが、たくさんの声に紛れて聞き取れない。


 ――白鳥の親は人間より立派かもしれないよ。


 ふいにとうさんがつぶやいたが、耳当て付きの毛糸の帽子を目深にかぶった慎司には聞こえなかったらしく、熱心に白鳥の員数を数えている。いいところまで行くのだけれど「白鳥が勝手に動くから途中でわからなくなるんだよ」と嘆いている。


 とうさんはおかしそうに笑いながら、大きな手で慎司の頭をゴシゴシ撫でた。

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