第24話 蘭子おばあちゃんの友だち





 ――近くへ来たので、蘭子さんにお線香をあげさせていただこうと思いまして。


 艶のあるきれいな白髪をきりっと結い上げた、小柄な老婦人が訪ねて来たのは、もう学校へ行っていいと担当医の許可が出て退院した翌日の午後のことだった。


 蘭子おばあちゃんの子どものころからの友だちという老婦人は、仏壇の前に座ると、「南無阿弥陀仏……」熱心にお経を称えながら、長いこと手を合わせていた。


 お茶を勧めたかあさんは「母も喜んでいると思います」と丁寧にお礼を言った。

 座布団にちょこんと座った老婦人は、少しためらったあと静かに語ってくれた。


「蘭子さんという方は、歳を重ねるごとに輝きを増してゆく不思議な方でしたよ。ふつうなら老けるところ、お会いするたび美しくなってゆく蘭子さんに、人間の顔は自分でつくるものと、わたしたち後輩はどんなに勇気づけられたことでしょう」


 かあさんの横で聞いていた藍子は、どことなく知的な感じのする老婦人の表情にも、心の年輪を重ねた人だけに許される、内側から輝く光があることに気づいた。

 

 ――そういえば、小さいころ膝にだっこして昔話や民話を語ってくれたり、絵本を読んでくれたりするおばあちゃんのやさしい顔が、わたし、大好きだったっけ。

 

 藍子はすっかり忘れていたことを思い出した。


「蘭子さんはいつも言ってらっしゃいました『相手の顔は自分の鏡』って。こちらが笑えば相手も笑ってくれる。幸せになりたかったら笑顔を忘れては駄目よって」


 思わず藍子もうなずいていた。

 

 ――そうそう、おばあちゃんはいつもニコニコしていた。

 

 藍子の記憶にあるおばあちゃんは、暗い顔や意地悪な顔を見せたことがない。


 生きていれば辛いこと、苦しいことがあるだろう。蘭子おばあちゃんにも家族にも言えない悩みがあったかもしれないけど、そんな様子はまったく見せず、藍子にそっくりの人一倍大きな目を楽しそうにゆるめ、いつも朗らかに笑っていたっけ。


「生まれ持った顔のために、まわりの人との関係がうまくいかず、仕事にも家族にも恵まれないのだと思い悩んでいたわたしは、蘭子さんの言葉に救われて立ち直りやり直すことができたのです。わたしにとって蘭子さんは生涯の恩人なんですよ」


 そう言うと、気品ある老婦人は、もう一度、仏壇に向き直って手を合わせた。

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