第22話 羽虫が目に飛びこむ
東山の山頂から西山まで、秋晴れの空を真っ白な飛行機雲がまたいでいる。
手前の山は薄い藍に染まり、夕日に照らされた奥の山はほおずき色に輝き、樹木の1本1本、尖った岩肌のゴツゴツした感じまでが手に取るように近くに見える。
どこかで椋鳥の群れが騒いでいるが、電線にも近くの森にもすがたは見えない。
にぎやかなくせにどこかさびしい、心の耳を澄ませたくなるような秋の夕暮れ。
藍子はあてどなく街をさまよい歩いていた。
うつむいた目が赤く潤んでいることに、行き交う人たちは気づかないだろう。
砂ぼこりを撒き散らしながら、トラックや乗用車が走り抜けて行く。
黒いワゴン車の窓を開けたサングラスの男が、なにか喚き散らした。
――神さま、お願いします。わたしを早くおばあさんにしてください。
顔のことで悩まずに済むように早く年を取りたい、と祈るのも疲れてしまった。
何十年もなんて、そんなに待てません。いますぐおばあさんになりたいんです。
「いたっ!」藍子は反射的に左目を抑えた。
空中の羽虫か土ぼこりが飛びこんだのだろう。
並外れて大きい藍子の目は、埃っぽい春先や、羽虫の動きが鈍くなるいまごろの季節、よくこんな目に遭う。ついさっきまで、早く年を取りたい、どこかへ行ってしまいたいと思い詰めていたことなどすっかり忘れ、藍子は目の痛みに集中した。
――ドスン!
いきなり肩を殴りつけられ、藍子の身体は宙を舞った。
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