第16話 乳児院の子どもたち




 

 その日の帰り道。

 家の近所の乳児院の前を通りかかると、若い保育士さんの手を引っ張って女の子が飛び出して来た。真新しい靴の小さな足を楽しそうにピョンピョンさせている。


 前髪を切り揃えたおかっぱの下の目鼻立ちが愛らしく整った幼児は、顔馴染みの藍子に「あ、おねえたん」と手を振ってくれたので、藍子もにこにこ振り返した。

  

 動物クリニックを開いているとうさんの助手を務めながら乳児院のボランティアをしているかあさんから、折りにふれて、ここの子どもたちの事情を聞いていた。


「乳児院のような施設はむかしからあったみたいだけど、現在の乳児院の始まりは太平洋戦争の敗戦時にさかのぼるんですって。空襲などで両親を亡くした戦災孤児がたくさんいたし、貧しさから捨て子をする人たちも少なくなかったんだろうね」


 戦争のことは藍子にはわからないが、なんとなく想像はつく。


「そんな赤ちゃんたちを救うために、全国各地に乳児院が開設されたんだそうよ。それから70年余りを経たいまは、親がいない子どもより、いてもいろいろな事情で育てられない家庭の子どもが増えているようなんだけど、生まれながらに苦労を背負っている事実には変わりがないよね。自分にはまったく責任がないのに……」


 かあさんはそう言って涙ぐんだが、藍子は素直にうなずけなかった。

 なぜって、本当の祖父のように慈愛深く見守ってくれる院長先生や、

 

 ――親に代わって、わたしたちが守り抜いてみせます!

 

 そんな気概を胸に秘めた保育士、看護師、栄養士さんたちに、とても大事にしてもらっているんだから、ダメ親なんかに育てられるよりずっといいと本気で思う。


 それに……。

 乳児院の子どもたちの愛らしさといったらどうだろう。どの子もこの子もお人形みたいに可愛らしくて、わたしみたいなドテカボチャはひとりも見たことがない。


 ――わたしもあんな顔立ちに生まれたかったな。


 藍子はスニーカーの先で、ポンと小石を蹴った。

 蹴られた石は思いがけなく遠くまで飛び、おそらく自転車通学の高校生あたりが投げ捨てて行ったであろうジュースの空き缶に当たり、こちんと堅い音を立てた。

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