第7話 蘭子おばあちゃんの手鏡

 


 その夜、藍子は机の引き出しから木彫りの手鏡を取り出した。


 3年前に亡くなった蘭子らんこおばあちゃんの形見は、おばあちゃんが娘のころから使っていたという品なので、あちこち傷が付いたり、紅色の塗料が剥げたり……。


 80年もの長い歳月によく耐えて来たと感心するほどの骨董品だが、指に馴染みやすいかたちに工夫された優美な持ち手の部分や、ふっくらと立体的にして緻密ちみつに彫られている薔薇の花の模様に、なんともいい感じの味わいが滲み出ている。


 いつだったか、親戚のおばさんがお土産にと買って来てくれた、有名デパートの包装紙に包まれた高級品よりこの古ぼけた手鏡に、藍子の心は強く惹かれていた。

 

 手鏡に映った自分の顔は、ひどかった。


 ぺこんと笑窪えくぼが凹んでいるが、おかしいわけじゃない。

 くちびるの両端がピクピクふるえて止まらないだけだ。


 前髪で隠した狭いひたいの下にぎょろりとした目玉がふたつ、臆病そうにこちらを見ている。でんと顔の真ん中に居座った鼻。ぼってりと分厚いタラコくちびる。

 

 ――なにもかも大雑把で、少しも可愛げのない顔。大っきらい!

 

 手鏡に向かって吐き捨ててみると、いっそう憂うつな気分になった。


 各パーツにはなんとか目をつむったとしても、我慢ならないのは角張った輪郭である。ごつごつした顎がゆるやかだったら、少しは女の子っぽくなれたのに……。


 藍子は手鏡のなかの自分の顔を、横にしたり斜めにしたり逆さにしたり……いろいろな角度で試してみたが、なにをどうしてみたって、四角い顔は四角いまんま、かあさんのような丸型にも、麗羅のようにきれいな卵型にもなるわけがなかった。


 ためつすがめつ観察していると、なんだか蛙に似ているような気がしてきた。

 それも可愛らしい青蛙ではない、げろげろ気味のわるいガマ蛙だ、わたしは。


 アイドル志望の麗羅のように派手な顔でなくていい、せめて春花みたいにこぢんまりした顔立ちだったらこんなに悩まずに済んだのに。譲治や裕也のようなクズに馬鹿にされずに済んだのに。毎日、学校で泣かなくてすんだのに。どうして……。


 家族のなかで、こんな顔をしているのはわたしだけ。

 みんなふつうの顔立ちなのに、どうしてわたしひとりだけがこんななんだろう。


 親戚の人にも「あんたはちっとも両親に似ていないねえ」と言われるし、絶対になんかおかしい。この家にはわたしの知らない秘密が隠されているにちがいない。

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