第3話 濡れた昇降口で

 




 小学校に着くころには雨は上がっていた。

 あとから追い着いた弟の慎司が、藍子の横をすり抜けて行く。


 藍子は傘をすぼめて昇降口に入り、爪先が湿った靴を脱いだ。

 ソックスまで濡れてしまったみたいで、上履きが履きづらい。

 しゃがんでかかとを入れていると、どんとランドセルを押された。


「おっす、どてかぼちゃ。ごろごろごろごろ、畑から転がって来たんか?」


 耳ざわりのわるいジャミジャミした声は、5年3組のボス・譲治だった。

 藍子はびしゃびしゃに濡れたすのこ板に手を突き、のろのろ起き上がる。

 パンツがお尻に張り付いて気持ちがわるい。


「おい、待てよ。あいさつもできねえのかよ、この、のろまのどてかぼちゃ!」


 みじめに汚れた藍子に、譲治は追い打ちをかけるように囃し立てて来る。

 藍子は湧いて来たものをこぼすまいとして、ぎゅっとくちびるを噛んだ。


 低学年の小さな子たちがかたまって、怖そうに遠巻きにしている。

 ギャラリーがいると、いっそう張りきるのがいつものボスである。


 藍子は黙って譲治に背を向けた。

 そのまま教室のほうへ歩き出す。


 今朝だけとくべつというわけじゃない。

 藍子の朝はいつもこんなふうに始まる。

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