第3話「実は猫」

 匂いを辿っていくとそこは「調理室」でした。

 おそるおそる調理室の扉を少しだけ開きます。

 そおっと中を覗くと……一人の女の子が可愛いエプロンにバンダナを巻いてとても真剣な表情で銀色の底の浅い片手鍋を見ています。

 近くには二人の女の子が席に座って楽しそうに談笑していました。

 ジュぅと焼けた音はお肉だと杏蜜さんは思いました。

 バターとハーブの芳醇な香りと肉汁が溶け出したとてもいい匂いが、杏蜜さんの鼻と胃を刺激します。お腹がグゥゥと鳴ってしまいました。

 ゴクリと唾を飲みます。

 いつの間にか杏蜜さんは扉こっそりと開きハイハイしながら調理室に入ってしまいます。

「あの時のいい匂いです……」

 目を輝かせた杏蜜さんは、よだれも垂らしています。

 それに気がついた一人の女の子、珠莉さんは「あら」と驚きました。

 そしてもう一人の女の子、茉莉さんは驚き過ぎて叫んでしまいました。

「ぎゃあぁああ! お化けぇ! 妖怪よだれお化けぇ!」

「ぐへへ……わたしにもお肉ぅ……お肉ぅ」

「ジュレ! よ、妖怪お肉お化けぇ出たぁあああ!」

「うへぇ……お肉ぅ……お肉ぅ……」

「落ち着きマリネ。ただの生徒や」

 どうやら珠莉さんはジュレと呼ばれ、茉莉さんはマリネと呼ばれているようです。

「お肉ぅ……お肉ぅ……」

 杏蜜さんが床で唸っていますと……目の前にお皿がコツンと置かれました。

 なんと真っ白いお皿には牛フィレ肉のステーキが二つありました。フィレの上には粒マスタードのソースが美しく線を引くように描かれています。

 付け合せには下茹でされたインゲンと細長く六面体にトゥルネ(面取り)されたキャロットとジャガイモが添えられていました。

 クラッシックスタイルの王道フランス料理です。

 差出人を見上げる杏蜜さんは「いいの……?」と聞きます。

 見上げた先にいるのは先程まで真剣に調理をしていたエプロン姿の女の子でした。

 バンダナから見える髪やうなじはとても綺麗でした。

 女の子は黙って頷きました。

 杏蜜さんは犬のように肉にかぶりつこうとした矢先にお皿が取り上げられました。

「犬やないねんから、ちゃんと机でお食べ」

「ミャア」

「実は猫やったぁ?」

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