第10話 供物 その六
扉をあけると、広い空間があった。以前の螺旋の巣も四つの塔でかこまれた広場のような場所があったが、そんなようなものだろう。
おどろいたのは、その形だ。
(これが、新しい螺旋の巣……)
目の前にストーンサークルがある。いや、龍郎たちのいる建物もふくめ、すべての建物が中央の広場を丸く包む円形になっている。それが、まるで巨石で作られたストーンサークルに見える。
そしてそのサークルのすべての屋上や外廊下に、翼を持つ天使が武器を手にならんでいた。戦闘天使だ。
「やっと来たわね。龍郎」
ルリムがもっとも近い建物の屋上に立っていた。その声は高い天井に響きわたる。
「くそッ。バレてたのか」
「あれだけ魔法を破壊してウロつきまわれば、誰だって気づくわよ」
次に会うときは敵だと言った。ルリムはその言葉どおり、さッと手をあげ、戦闘天使たちに命ずる。
「天使たち。侵入者を捕らえなさい。傷つけてもかまわない」
有翼の戦闘員がいっせいに襲いかかってきた。空中に浮上し、龍郎たち三人をかこむ。バトンのような武器の先端が、円を描いて、ピタリとこっちを狙う。
龍郎は退魔の剣を呼びだし、応戦する。
あのバトンは使用者によって破壊力が大幅に変わるのだ。龍郎が使えばバズーカ砲より強力な威力を持つが、戦闘天使たちでは、せいぜいワットの低いスタンガンだ。被弾しても死にはしないとふんだ。
「マルコシアス! ヨナタンを守ってくれ!」
「…………」
マルコシアスは無言だが、瞬時に巨大狼の姿に戻る。かるく前足でなぎはらうだけで、戦闘天使はバタバタと倒れた。
龍郎も思いきり跳躍し、退魔の剣を横なぎにふる。バトンがコロコロ落下した。すばやくその一つをひろい、片手に剣、片手にバトンの態勢だ。バトンに念じるだけで、先端からとびだした光線が、生き物のように円を描いて一周した。戦闘天使が輪の形のまま床に伏す。怖いくらい、あっけない。
(これなら、逃げきれるか? ルリムが襲ってさえ来なければ)
龍郎が先頭になり、天使たちを後退させながら、じわじわと進んでいく。ヨナタンをまんなかにして、しんがりがマルコシアスだ。
この中央の広場をつっきって、むこうがわの建物から世界の端へ行こう。そう思案した。
「ヨナタン、ついてきてるか!」
「ヤー!」
「遅れるな!」
バトンの光線を連発し、階段をかけおりた。地面に達すると、周囲の建物の高さがきわだつ。広場に入る少し手前には、もう一つ石のサークルがあった。
天使たちが遠まきになったすきに、その下をくぐりぬける。ところが、
「待て! 龍郎!」
背後から急にマルコシアスの声が響いた。
「行ってはいけない。妙な波動がする!」
しかし、そのときには、すでに龍郎は石の真下にいた。つまさきが石の輪のなかへ入っている。
そして、そのつまさきから地面をつたい、痺れるような感覚が這いあがってきた。マズイ。なんだかわからないが、ひじょうに危険だ。あわてて、あとずさろうとした。
が、その瞬間に思いもよらない衝撃があった。背中をドンと押されて、龍郎はよろよろと二、三歩よろめく。針金のような何かが無数に全身をつきぬけていくのを感じた。痛みはない。ただ、空間にぬいつけられたように、体が動かない。
眼球だけを動かして、見ると、そこにはヨナタンが立っていた。その顔はまちがいなく、ヨナタンだ。だがしかし、そこに刻まれた表情は——
「アフーム……ザー……」
そこはかとなく邪悪な笑みで、龍郎を見つめている。
匂いがする。
強烈な悪魔の匂いが。
(ヨナタン……)
まさか、最初からだましていたのだろうか?
ほんとはもうずっと、アフーム=ザーで、ヨナタンの意識など、とっくにない……。
「ヨナ……タン……ヨナタンは?」
ヨナタンの顔をしたアフーム=ザーはただ笑うばかりだ。声は言葉にはならず、超音波の音圧としてしか認識できない。
龍郎を縛る戒めがきつくなった。見えない糸で吊るされたかのように、体が浮いていく。よく見れば、足元に模様が描かれていた。魔法陣だ。
(これ、何かを呼びだすための……)
アフーム=ザーは邪神の封印を解く鍵だ。
まさか、今、これが、その儀式なのだろうか?
思えば、彼らは龍郎を生贄にしたがっていた。おそらくは、クトゥグアを召喚するために。
(おれをだまして、ヨナタンのふりして、ここまでつれてきたのか。この魔法陣のなかへ)
魔法のせいか、龍郎は身動きがとれない。
ヨナタンは——いや、アフーム=ザーは人間の耳では聞きとれない呪文を唱え続ける。
——いあ いーAA! フングルイ MUGURUUNAFU クトゥグア! フォマルハウTOOO ンガァ・GUAA ナフルFUTAGUN……。
ダメだ。このままでは、ほんとに生贄にされてしまう。
それは龍郎の死を意味するだけではない。人類の滅びだ。封印された邪神が次々とよみがえる。
「龍郎! 今、助ける!」
マルコシアスが狼の巨体で突進してくる。しかし、巨石のサークルの手前で、はじきとばされた。そこに進行をはばむ何かがあるようだ。魔法の障壁だろう。
「マルコ……」
逃げろと言うことすらできない。
マルコシアスは何度か障壁に巨躯をぶつける。が、ムダだと悟ったらしい。
「龍郎! 待っていろ!」
叫び声を残し、虚空へ消えた。
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます