第十話 供物

第10話 供物 その一



「ただいま」


 ヨナタンが虚空の彼方に消えたあと、ウリエルもすぐに追っていった。結界は二人のうち、どちらかのものだったらしい。ヨナタンは自分がアフーム=ザーだという自覚はなかっただろうから、おそらくは、ウリエルだろう。二人がいなくなると、停電は解消され、結界が解かれたことがわかった。


 残された龍郎はしかたなく、軽自動車を運転し、一人、自宅へ帰った。ガラリと玄関の引き戸をあけると、いつものように玄関口にガマ仙人が正座している。


「ああ、龍郎さん。遅かったですね。おかえりなさーい」


 すぐに清美もやってきた。

 そのエプロン姿を見て、龍郎は涙が浮かんできた。メンタルは強いほうだが、それにしても、あまりにも立て続けに大切なものを失いすぎた。どうして、こうも不幸というのは重なるのだろうか。


「清美さん。ヨナタンが……」


 清美はわかっていたのではないかと思う。何も言わずに近づいてきて、龍郎の頭を子どもみたいにグリグリとなでる。


「プリン、できてますよ。卵はまだあったので」

「でも、ヨナタンが……」

「いいから、食べてください。エネルギーを補給しておかないといけませんからね」

「はい」


 素直に従うことにした。

 清美とガマ仙人に手をひかれて座敷へ入る。穂村がアクビをしながら起きてきた。


「すいません。穂村先生。ヨナタンとウーリーがいなくなりました」


 龍郎はショッピングモールで起こったことを説明した。ウーリーが天使で、ヨナタンがアフーム=ザーだったこと。火の精たちは彼らの王を探すために巫女たちを襲っていたことなど。


 穂村は口をはさむこともなく、だまって聞いている。案外、穂村にも予測できていたことなのかもしれない。落ちついた態度を見て、そうではないかと思った。


 清美がプリンを持ってきて、みんなの前にくばるのだが、それにしても、二人も人数が減った。食卓はひどく、さみしい。


「穂村先生。なんとかして、ヨナタンを救うことはできませんか? ヨナタンは憑依されてるだけです。うまく祓うことさえできれば、あるいは——」


 龍郎の主張に、穂村の顔は厳しい。それでいて、プリンをはむ手は止まらない。


「本柳くん。以前にも言ったじゃないか? そういうときに話をつけるなら、ルリムしかいないと」

「ああ……」


 つまり、ルリムからヨナタンの現在の居場所を聞きだすということか。


「教えてくれますかね?」

「案外、ルリム=シャイコースの巣にいるんじゃないか?」

「なぜです? たしかにフサッグァとは仲間のようでしたが」

「だから、君はもっと邪神のことを勉強したまえ。ルリム=シャイコースは、アフーム=ザーの配下だよ」

「そうなんですか?」

「うむ。そして、彼らすべての火の王はクトゥグアだ」

「彼らはクトゥグアを復活させようとしているんですね?」


 穂村はうなずく。一瞬、プリンのせいか口元がゆるんだ。


「そういうことなら、ルリムのもとへ帰るしかないですね」

「しかし、争う覚悟があればだね。彼らの王の復活の鍵をにぎるヨナタンを、素直に返してくれるわけがない」


 それはそうだ。

 アフーム=ザーの器なのだから。アフーム=ザーじたいも、まだ完全に本体が自由になったというわけではないのだろう。だから、依代が必要なのだ。


「わかりました。おれ、ルリムのところへ戻ります」


 ルリムがすんなりヨナタンを返してくれればいいが……いや、それは絶対にないだろう。戦わなければならない。勝てるかと言われれば、その自信もないが、何よりもルリムを殺すことができるかだ。なおさら自信がない。


(ルリムは人間の世界にたくさんの分身を持っている。最初に会ったときも分身だった)


 自由奔放な冴子。その次に会ったときには、幼なじみの瑠璃るりだった。どちらもとても魅力的な女性だった。

 そのせいか、ルリムのことは邪神というより、人のように思えてしまう。できれば、争いたくない。


 でも、きっと、そうはいかないのだろう。

 龍郎は覚悟を決めて、マルコシアスに頼んだ。


「マルコ。ルリム=シャイコースの世界へつれていってくれるか?」


 マルコシアスは人型でプリンをすくっている。ウットリした目つきで、話など聞いてなかったようだ。


「マルコシアス。おれをルリム=シャイコースの世界へつれていってくれるか?」


 三回くらい問いかけると、やっと気づいた。


「ああ? うん。いいぞ。でも、プリンを食べおわるまで待ってくれ」

「…………」


 まあ、いいだろう。こっちも何かと準備してからのほうがいい。


「向こうの世界に何か持っていったほうがいいですか? 武器弾薬があるわけじゃないですが」

「武器はあっちの天使のやつを奪いなさい」と、穂村が助言してくれる。

「そうですね。あれは使える」

「持っていくなら、食料や水かな。長期戦に備えたほうがいいぞ。あとはスマホだ。清美くんを通じて連絡するかもしれん」

「わかりました」


 けっきょく食料を買いこみに行かなければならない。ショックのあまり何も買わずに帰ってきたので、自宅から近いコンビニへ出かけた。そのあいだ、スマホは充電だ。


 家に戻ったあとは、風呂に入って仮眠をとった。決戦の前の武将はみんな、こんな感じだったのだろうかと考える。それとも直前まで作戦を立てていたのか?


 夕方。コンビニで買ってきた弁当を食べたあと、龍郎は旅立つことにした。

 ルリム=シャイコースの世界へ。

 おそらく、そこが龍郎の決戦の場となる。

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