第四話 炎の神域

第4話 炎の神域 その一



 予想していたとおり、I市の近くまで来ると、報道関係者がそこらじゅうにあふれていた。交通規制がかけられ、神社の近辺には行けなくなっている。


 こんなとき、フレデリック神父がいれば、警察に話を通してくれたのだが、今はそれも頼れない。頼れたとしても、神父のことを考えると胸の奥がズキズキうずく。恋人を奪った男に力添えを願うのは、いくらなんでもプライドが許さなかった。


「マルコシアスの力で境内まで翔ぶしかないな」と、穂村が言う。

「そうですね」


 すぐそばの博物館の駐車場に車を停めた。

 出雲大社のまわりは林にかこまれ、背後は山だ。しかし、数十メートル離れているのに、すでに境内が青白く発光して見える。フワフワと火の精が樹間をただよっていた。


「すごい数だな。ウンカのごとし。本柳くん。重々、注意するんだぞ。いかに君でも、ふれれば燃える」

「わかっています」


 とりあえず、なかで何が起こっているのか確認するつもりだ。もしも逃げ遅れている人がいたら外まで助けだす。この数の火の精をすべて退魔することはできないだろうから、今の龍郎にできることはそれが精一杯だ。


 テレビクルーのたまり場から離れ、ひとけのないところまで来ると、龍郎たちはマルコシアスにしがみついた。スッと空間を翔ぶときの落下感があり、さっき外から見ていた森のなかに立っている。紅葉したモミジや落葉樹など、手入れされた木々が神域をかこんでいる。小径が目の前にあった。


「これ、たぶん、勢溜せいだまりの下あたりですね。博物館側にある駐車場から入ったところだ。進むと池があったはずです」

「本柳くん。くわしいなぁ」

「そりゃ、地元の人間はたいてい初詣に来ますから」


 あの団地のときにも、自分のよく知った場所が怪異の現場になって、異様な気持ちがした。今も別世界に入りこんでしまったようで、なんだか落ちつかない。


 サラサラと水のせせらぎが聞こえる。青蘭と別れたカレル橋を思いだして、一瞬、胸が軋んだ。


「本柳くん。それにしても、やけに長い道だな。まだ参道につかんのかね?」

「そうですね。ほんの十メートルかそこらのはずですが。もう池は見えるはずですよ。東屋があって、夏には蓮の花が咲いていて、鯉が泳いでいます。春なら池のほとりの桜が満開で、心おだやかになれる場所なんですが」


 しかし、いっこうにそれらしい位置につかない。それどころか、ますます木立ちが増え、これでは林というより、すっかり森だ。手すりのついた遊歩道も、いつのまにかとだえてしまう。


「これじゃ、完全に原生林の感じですね。うっかり裏手の山中にでも迷いこんだかな?」


 紅葉の森は錦の帯をひろげたようで、ひじょうに美しい。銀杏いちょうの黄色い葉がいちめんに降りつもり、黄金の絨毯じゅうたんと化している。木漏れ日が優しく照らし、キラキラと輝かせていた。


「こんな場所、出雲大社にあったかな……」

「本柳くん。どうもおかしいぞ。植生が日本離れしている」

「そうですね。見たことのない花が咲いてる」


 それにしても、目にしみわたるほど綺麗な景色だ。


「ちょっと、どこを歩いてるのかわからなくなりました」

「つまり、迷っているな?」

「そうです。すみません」

「かまわんよ。そのうち、どこかに出るだろう。それより、あそこに人が倒れている」


 穂村の指さすさきに若い女がよこたわっていた。周囲に火の精がとびかい、今にも襲われそうだ。


「助けないと!」

「待て。龍郎。そいつは——」


 マルコシアスがひきとめたが、そのときには、龍郎は走りだしていた。


 近づくと、火の精がこっちにむかってくる。こんなときのために、龍郎は家にあった盆を持ってきていた。カッコ悪いが、表面積が広いので、叩きおとすのにちょうどいい。


「龍郎! 危ないぞ。以前のようには行かぬのだから」


 マルコシアスが来て、翼でバサバサと火の精たちを遠ざける。それでも間近まで迫ってくる少数の火の玉を盆で打ちおとしながら、龍郎は少女に近づいた。


 十代の終わりごろだろうか。とび色の髪をボーイッシュにショートヘアにした女の子だ。肌は透きとおるように白い。十一月だというのに、ふともも丸出しのショートパンツをはいていた。どうも、このへんの人らしくない。観光客だろうか。


「あの、大丈夫ですか? 意識がありますか?」


 龍郎が話しかけても返事がない。脈を調べようとしたが、首筋に手をあてたとたん、少女が目をあけた。カラーコンタクトではなさそうな瞳の色は、とても珍しいディープパープルだ。肌色と言い、西洋人のようだ。


「大丈夫? ケガはない?」


 日本語を理解してくれるか心配だったが、少女はうなずいた。


「火の玉は? アレにかこまれてしまって」

「もういなくなった。安心してください」


 やっつけたのは、ほとんどマルコシアスだが、とりあえず、周囲に火の玉は飛んでいない。


 少女はあたりを見まわしてから、頭をさげた。


「助けてくれたんですね。ありがとうございます。わたし、日本が大好きで留学してきました。ウーリー・アースです」


 とても流暢りゅうちょうな日本語だ。まだ十九か二十歳くらいなのに、ずいぶん礼儀正しい。


「おれは本柳龍郎もとやなぎたつろう。こっちは穂村先生……と、飼い犬のマルコ」


 マルコシアスはいつのまにか、すばやく犬型に化身している。ウーリーには怪しまれなかった。


「今日は観光してたの?」と、龍郎が聞くと、ウーリーは首をふった。


「わたし、近ごろ、変な夢をよく見るんです。夢のなかの景色を調べたら、出雲大社だったので、気になって……」

「なるほど」


 やはり、ウーリーも巫女のようだ。この場所に何かあるのだろうか?

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