第3話 火の精霊 その三



 せっかく逃げてきたところへ帰る。それはできなくはない。マルコシアスに頼めばいいだけの話だ。ただし、龍郎は今度こそ、生贄とやらにされてしまうかもしれないが。


「まあ、苦痛の玉は渡したから、目的は果たしました。おれは青蘭さえ幸せになれれば、それで……」


 清美が詰問してくる。

「ほんとに? ほんとに、それでいいんですか?」

「清美さん……」


 見れば、清美のメガネの奥の瞳が涙でうるんでいる。


「わたしはイヤですよぉ。わたしは龍郎さん派なんです! 絶対、あきらめちゃダメ! せっかくの理想のカップリングがー!」

「ハハハ……」


 腐女子の意見だった。

 でも、なんとなく気持ちが軽くなる。ほんとに清美は不思議な人だ。


「それはともかく、ルリムは今のおれには価値はないと思うんじゃないでしょうか。苦痛の玉が欲しかっただけだろうし」


 だが、苦痛の玉なしでも戦えた。あれはなんだったのだろうか?


「穂村先生。おれ、さっき火の精を退治できたんですよ。盆でなぐったら浄化できました。なんでですか?」

「えッ?」


 宇宙のすべての知識を知りつくしたと言われる魔王が、本気で驚愕しているふうなのが、おかしい。穂村のこんな顔を見るのは初めてだ。


「そんなことできるわけないだろう」

「でも、できたんですよ」


 うーんと、穂村はうなる。


「本柳くん」

「はい?」

「以前、やっていたような気持ちで、浄化の光を出してみなさい」

「こうですか?」


 言われるがままに右手を前に出して念じてみた。が、光は発さない。


「やっぱり、できないみたいですね」

「うーん。あれは苦痛の玉の力だったか。じゃあ、退魔の剣は出せるかね?」

「ちょっと待ってください。精神統一してみます」


 今度は右手をにぎりしめ、グッと力をこめる。やはり、出てこない。


「ムリですね」

「まあ、そうだろうな。もしかしたら、苦痛の玉の魔力が君の体内にわずかに残っているせいかもしれないな」

「なるほど」


 以前、青蘭が快楽の玉を奪われたときにも、しばらくのあいだは玉の魔力を帯びていた。そんな状態なのかもしれない。


(あれ? 待てよ? でも、あのとき、青蘭は……)


 当時のことを思いだす。どうも気になることがあった。だが、深く熟考する前に、ガマ仙人がポチッとテレビのスイッチを入れた。午後三時だ。オヤツの時間だからだろう。いつも決まった時間にテレビアニメを見ながら、お菓子を食べるのが、ガマ仙人の楽しみなのだ。


「あっ、ガマちゃん。プリン、持ってくるね」と清美が立ちあがってキッチンへ向かう。ガマ仙人がそのあとについていった。


「あと少しのあいだだけ戦える力があるのか。この力がなくなる前に、なんとか清美さんの安全が保証されるようにしないといけませんね」

「うむ。そうだな」


 話しながら、なにげなくテレビを見ていた龍郎は絶句した。信じられない映像が流れていたのだ。


「なんですか? あれ」

「ん? どうしたね?」


 龍郎が指さすテレビ画面を見て、穂村も黙りこむ。とんでもない光景だ。

 ちょうど番組と番組のあいだの短いニュースの時間だった。アナウンサーが興奮を抑えきれない声で早口に告げている。


「さきほど入ってきたニュースです。県内有数の観光地である出雲大社で、現在、無数の火の玉が目撃されています。それにともない、複数人が発火し、犠牲になったもよう。ただいま警察が詳細を捜査中のため、出雲大社は立ち入り禁止となっています」


 画面には松の大木が等間隔にならんだ境内の参道を、無数の青い火の玉が飛びかうさまが映されている。まるで低俗な心霊番組だが、『ごらんいただいている映像は取材陣の撮影したものです。CGではありません』と、字幕スーパーで但し書きされている。まぎれもない現実なのだ。


「なんて数だ。これじゃ、近所の住人が皆殺しにされてしまいますよ」

「このへんは古代の血を残した人が多いんだ。神話の国だからな」


 以前に穂村が住んでいたM市内の団地でも、超古代の石器が見つかる場所があった。


「……ヤマタノオロチは邪神だったんですかね? それとも旧神?」

「本柳くん。そんなことを言っとる場合じゃないぞ。あれだけの数の火の精が現れるのには、それなりのわけがある。ことによると、邪神が関係してるかもしれん」

「行ってみましょう」


 今の龍郎にこれだけの数の悪魔を相手に戦えるかどうかはわからない。そうは言っても看過できなかった。


「清美さん! おれ、今から出かけます。清美さんはガマ仙人といっしょに留守番していてください。ヨナタン、君もここにいて」


 ヨナタンは黙ってうなずく。


「ええー。龍郎さん。プリン、食べないんですか?」

「帰ってから食べます」


 無事に帰ってこられる保証はないが、じっとしてはいられなかった。


「本柳くん。私も行こう」

「わかりました。マルコシアス。君も来てくれるか?」

「いいだろう」


 穂村とマルコシアスとともに、軽自動車に乗りこむ。M市から出雲大社まではおよそ一時間だ。マルコシアスの空間を飛ぶ能力で行ってもいいが、報道陣が大勢集まっているだろう。万一、誰かに見られると困る。もどかしい思いで運転席についた。


 それにしても、邪神の動きがじょじょに活発になっている。

 クトゥルフを倒したことによるバランスの崩壊。

 それが、こんな形で影響しているのだろうか?




 了

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