第3話 火の精霊 その二
「清美さん! どうしたんですか?」
声のしたほうへかけていく。清美はまだ厨房にいた。以前は土間だったが、今はリフォームして床暖房もついた快適なダイニングキッチンだ。
そのキッチンで清美とヨナタンが青い火の玉にかこまれている。一つ二つじゃない。二十か三十くらい。大きいのや小さいのがキッチンを埋めつくして乱舞している。
「清美さん! 今、助ける!」
思わずキッチンにかけこんでから、龍郎は気づいた。そうだった。今の龍郎にはなんの力もないのだ。見た感じ、この火の玉はさほどの強敵じゃない。ごく低級の悪魔だ。以前の龍郎なら、右手をかざすだけで、退魔の光で退治することができた。
だが、それらは苦痛の玉の力だ。苦痛の玉を失った龍郎には、悪魔を滅却する力など、これっぽっちも残っていない。
(でも……)
目の前で清美たちが追いつめられている。清美はフライパンを手に飛んでくる火の玉を打ちおとそうとしているが、それは物質的な炎ではない。フライパンを透過して、さらに迫る。ふれたものを骨も残さず燃やしつくす火だ。このままでは、清美が死んでしまう。
「清美さん!」
龍郎は夢中で、二人に走りよった。テーブルの上に置かれていた盆をとり、バタバタと火の玉を叩く。なぜか、龍郎が叩くと火の玉は消えた。
「あれ? 戦えてる?」
「龍郎さーん。がんばって!」
「うん」
とは言え、数が多い上、縦横無尽に飛びまわる。清美やヨナタンを守りながら、炎にふれずに叩きおとすのは、なかなかに厳しいものがあった。
「ガマ仙人! 早く来てくれ!」
叫びつつ、右に左にステップして、火の玉を打ちおとす。バレーボールかテニスでもしているふうだが、どうにかこうにか持ちこたえているうちに、ガマ仙人がやってきた。ビュービューと口から水鉄砲を吐いて、あっというまに火の玉軍団をけちらしてくれた。
「清美殿ぉー。大事なかったか?」
「あーん。ガマちゃーん。怖かったよぉー」
すっかり買い物どころではなくなってしまった。その日はもう火の玉は現れなかったが、あれは清美を狙っているようだった。
「穂村先生にすぐ来てもらって相談しましょう」
「そうですね」
穂村に電話をすると、講義中だった。が、すぐに来るという。こんなことばかりしていると、いいかげん大学をクビになるのではないだろうか?
ものの三十分もすると、穂村はM市外れの山のふもとにある龍郎たちの自宅へやってきた。リビングになっている座敷で出迎える。
「穂村先生。さっき、清美さんが火の玉の群れに襲われました。世界中で騒動になってる人体を発火させるアレです」
「うーむ。なんということだ」
「人間を襲っているのは、火の精なんですよね? 彼らは被害者をランダムに選んでるんでしょうか? それとも、なんらかの条件があるんでしょうか?」
穂村は沈思黙考した。
「ランダムに襲っているのなら、被害者のまわりで火の玉を目撃しながら、危害をくわえられていない人たちがいるのが妙だ。たとえば、同じベンチにすわっていたアベックの片方だけが襲われ、もう一方は襲われない。人類をがむしゃらに殺害したいだけなら、二人同時にやってしまったほうが効率的じゃないか?」
「そうですよね。なぜ、そうしないんでしょうか?」
穂村は自分のなかで答えを導きだしたようすだ。龍郎に反問してくる。
「じゃあ、聞くが、本柳くん。清美くんの最大の特徴はなんだね?」
「えーと……腐女子ですか?」
ハッハッハッと
「もちろん、それも正解ではある。が、それ以上に重要な能力があるだろう」
「ああ。夢巫女ですね?」
「そうだ。それだよ」
清美自身は怒るどころか喜んでいる。
「キヨミン、腐女子上等ですよ?」
龍郎は清美を無視した。今はそれどころじゃない。穂村の言わんとすることを理解したのだ。
「つまり、巫女だから、なんですね? 失われた古代人の持っていた能力。邪神に感応する霊的な力だ。襲われた人たちは、みんな、巫女の力を残した人たちだったと?」
「うむ。おそらくな」
巫女の能力が邪神たちにとってジャマになるからだろうか?
たしかに清美の予知夢は素晴らしい力を発揮する。が、だからと言って、清美自身が戦えるわけではないし、邪神の復活のさまたげになるほどとは思えない。ほかにも理由がありそうな気がしてならない。
「とにかく、巫女が狙われているんですね。清美さんは今後、一人にならないほうがいい。入浴もガマ仙人に護衛してもらったほうがいいかな」
「うん。清美くんほど強い力を今も残している巫女は、そうはいないだろう」
龍郎は考えこんだ。
注意して防御をかためても、火の精は何度でも来るだろう。根本的な解決にはならない。
「火の精を完全に追いはらうことはできないんですか?」
穂村はニヤニヤ笑った。
なんだか、イヤな予感がする。
「な、なんですか?」
「それには、なんのために巫女を殺してまわっているのか、聞いてみるのが手っ取り早いんじゃないかね?」
「誰にです?」
「ヤツらのボスにだよ」
龍郎は返答につまった。
そうだった。火の精の長はフサッグァだ。しかも、ルリムは彼と協力関係にあるらしい。
「ルリムから聞きだせってことですか?」
穂村はチェシャ猫の笑みになった。
「ま、そういうことだな」
「それはまあ、おれも約束したから帰らないといけないとは思っていたんですが」
ただ、生贄がなんとか言っていたことが気になる。
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