第二話 別れのプラハ
第2話 別れのプラハ その一
目には見えない暗い道をたどり、やがて現れたのは中世の香りを色濃く残した旧市街のまんなかだった。十五世紀のヨーロッパに瞬間移動してきたような錯覚におちいる。
「この建物だな。青蘭の匂いがする」
五階建ての古い建物だ。周辺の似たような家屋には窓辺に花などがあり、生活感が感じられる。おそらくアパートか何かだろう。しかし、青蘭がいるというその建物は、なんだか妙にひっそりとして、無住にさえ見えた。
「青蘭はどこにいるんだろう?」
建物のすみからすみまで視線を走らせる。すると、五階の窓のなかに、その姿を見つけた。遠くの夕景をながめながら、物悲しいよこ顔を見せている。まるで
「青蘭! 青蘭!」
龍郎は力いっぱい叫んだ。何度めかで、青蘭が気づいた。下を見て、ハッとする。
「青蘭! おまえに会いにきた。おりてきてくれ!」
だが、どういうわけだろう。
青蘭は数秒、龍郎を見つめたあと、カーテンをしめた。それっきり、待っても出てくるようすはない。てっきり、喜んで来てくれると思っていたのに。
「マルコシアス。青蘭の部屋のなかまで行けないのか?」
「それはムリだな。ここは天使のたまり場だ。入ったとたんに囲まれるぞ」
「ガブリエルなら説得できる、気がする」
「ほかにも複数の気配がある。戦闘の得意なエクスシアだ」
「エクスシア?」
「
「えっ? なんで、そんなやつらが集まってるんだ?」
「…………」
マルコシアスは答えない。何か思うところがあるようだ。
しかたないので、龍郎は玄関らしきものを探して建物のまわりをウロついた。やっと頑丈そうな木の大扉を見つけ、ノッカーをさんざん叩いたものの、まったく応答がない。
「やめておけ。龍郎。ことによると、おまえは天使たちに見つかると拘束されるかもしれない」
「拘束?」
「ルリム=シャイコースの王ではないか」
龍郎はショックを抑えきれなかった。つまり、邪神サイドの人間だと認識されているわけだ。
「そんなつもりじゃないんだけど……」
「とにかく、出なおそう。いったん、清美殿やフォラスと合流し、相談したほうがいい」
「ああ……」
しばらく青蘭のいた五階の窓をながめた。しかし、もうそこにいるのかどうかもわからない。うしろ髪のひかれる思いだったが、いたしかたない。
龍郎は歩きだすマルコシアスについていった。
入りくんだ街路を通り、案内されたのは、ヴルダヴァ川のほとりに建つ高級ホテルだ。プラハ城やカレル橋にもほど近い。
ロビーに入ると、まるでおとぎの国かと思うような、パステル調の豪華な内装。ピンクの花柄のじゅうたんや、シャンデリアが華やかだ。淡いグリーンの椅子から立ちあがって、清美と穂村がかけよってくる。
「龍郎さーん」
「本柳くん。よく帰ってきた」
異国の地で二人の顔を見ると、この上なくホッとした。もう二度と会えないと思っていただけに、こみあげてくるものがある。
「清美さん。穂村先生。ご心配をおかけしました」
「龍郎さんのことは心配してなかったですけど、まあ、よかったです」
「えっ?」
「早く。早く。部屋で話しましょう」
やはり、清美はあいかわらずだ。すっかり清美のペースで客室へひっぱられていく。客室のほうはベージュ系を基調にして、
「そもそも、なんで二人がプラハにいるんですか? ドイツにいたんじゃないですか?」
龍郎がルリムにさらわれたのは、ドイツの古城だった。城の競売に清美たちもいっしょに来ていたのだ。
「キヨミンの予知能力をあなどらないでください。龍郎さんが誘拐されたあと、すぐにこっちに移ってきました。プラハに青蘭さんがいるとわかってたので」
さすがは古代人の力を残した夢巫女だ。
「青蘭は、たしかにプラハにいます。でも、会ってくれませんでした」
「キヨミンの予知夢によるとですね。明日、日暮れどきにカレル橋へ行けば会えますよ」
「そうなんですね」
悩みが次々、あっというまに解決していく。
心のゆとりができたので、龍郎はベッドの上で正座しているガマ仙人をハグしようとした。そこで、そのベッドの奥側に腰かけている少年に気づく。
「あれ? ヨナタン?」
地味なブラウンの髪にそばかすの目立つ顔立ち。ドイツの古城にいた少年だ。
「なんで、ヨナタンがここに?」
清美がなんでもないことのように言う。
「あっ、ヨナタンさんは日本につれていくことにしました」
「なんでですか?」
「ご兄弟ががみんな死んだり、長期入院が必要だからです」
リントブルム城で別れたときの状況を思いだす。ヨナタンは五男だが、次男は死亡、三男は正気を失い、四男は青蘭だから城を出ていき、残るは長男ベルンハルトだけだ。
「ベルンハルトさんは?」
「長期の栄養失調なので、まだ病院でリハビリが必要なんです。未成年のヨナタンさんを無人のお城に置き去りにするわけにはいかないでしょ?」
「使用人がいたじゃないか。執事のクリムゾンとか」
「クリムゾンさんは行方不明です。使用人の皆さんはリハビリや辞職などで残っていません」
「なるほど」
「とりあえず、ベルンハルトさんが退院できるまでは、うちでいっしょに暮らすことにしました」
「いや、それは……」
うちにはマルコシアスもいるし、ガマ仙人もいる。何よりも、自宅は平屋建てだ。そろそろ空き部屋がない。しかし、反論の余地などないだろうことは察している。
「……わかりました。ところで、ルリムの世界で交信したとき、清美さん。変なこと言ってませんでしたか? 清美さんが死んでしまうとかなんとか」
「ああ、あれですか」
清美は自分のスマホを出して、動画を提示する。
「今、ニュースでもよく見かけるんですけどね。世界中で変なことが起こってるんですよ」
「世界中でですか」
「これを見てください」
清美のスマホをのぞきこむ。
そこにはショッキングな映像が流れていた。
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