第1話 脱走 その二
環状線のように輪になった迷路のからくりは、意外にも、あっけなく解けた。
壁が自動で開閉するのだ。ただし、龍郎には脱走の恐れがあるので、なんらかのブロックがかけられている。センサーが反応しない。
しかし、対処法を見つけた。
一日に何度か龍郎のために、世話係が食事を運んでくる。戦闘天使ではなく、ふつうの働きアリだ。食事を受けとったすぐあとに、こっそり尾行していくと、壁の一部が大きな口のように、ふわっとひらく。そもそも、それで自動ドアの仕掛けに気づいたのだ。
おどしてついていくか、こっそり尾行するか迷ったが、働きアリが通ったあと、ほんの数秒だがドアが閉まるまでにゆとりがある。龍郎はこっそり尾行するほうを選択した。
タイミングを見計らって穴をくぐると、なかはなんのへんてつもない廊下だ。以前の螺旋の巣のなかで見たような近未来的な金属の壁でできている。やはり、いくつかの塔にわかれていた。
まだ龍郎がもとの監禁部屋をぬけだしたことがバレてはいないらしく、とくに追手もかからない。ルリムがあわててやってくることもなかった。
塔の外へ出たとたん、急に電話の音がした。なんと、ポケットのなかにスマホが入っていた。とりあげられていなかったようだ。清美の名前が画面に浮かびあがっている。
「……もしもし。龍郎です」
ここは異世界のはずなのだが、地球から電話がかかってくるものだろうか——と考えつつ、電話に出た。
「やっとつながった! 龍郎さん。大変なんです。早く、こっちに帰ってきてください」
「帰りたいけど、ルリムの世界に閉じこめられているので、自力では、ちょっと」
「マルちゃんを送りこみます」
「えっ? ほんとに?」
「はい。でも、ルリムさんを敵にまわしますよ?」
「ああ……そうなるよね」
ルリムと敵対したいわけではなかった。ルリムは邪神だが、ときどき妙に人間的なところがある。人間世界に分身を置いて、人として暮らしているせいなのかもしれない。龍郎は青蘭を愛しているが、ルリムとも出会いかたさえ違えば、友達になれたのではないかと思う。
「なんとかならないかな?」
「それはいくらなんでも虫がよすぎってもんですよ?」
「ですよね」
龍郎はため息をついた。
「ところで、この電話は清美さんの夢巫女の力でつながってるんですか?」
「そうです。巣の奥では通じないみたいです。結界の弱いところに行ってもらうと、マルちゃんが龍郎さんを見つけやすいです」
「わかった。どこへ向かえばいいんですか?」
「えーと、ゲストをお迎えする広間みたいなとこがあるんですよ。そこは半分、外界に通じてるので、結界が弱いです。門と玄関のあいだの前庭みたいなものですね」
「具体的には?」
「ちょうど今、お客さんが来てるので、おもてなししてるんじゃないですか?」
つまり、働きアリが接待している場所を探せということか。あわただしく働いている世話係のあとを追いかけていくしかない。
「わかりました」
「じゃあ、何かあれば、また連絡します。早く帰ってきてくれないと、わたしが死んじゃうかもしれないので、急いでくださいね?」
「えっ?」
気になることを言い残して、とうとつに清美からの電話は切れた。どうして、そんな大事なことを最後に言うのだろうか?
龍郎は嘆息しつつ、働きアリがウロウロしている方角をめざしていく。何度も天使とすれちがいそうになって、そのたびにまわり道をした。もちろん戦えば、今の龍郎なら通常の戦闘天使なんて、わけもなく倒せる。なにしろ、邪神じたいを退魔滅却させてしまう力を持っているのだから。
(ルリムと戦闘になっても勝てるかな?)
とは思うのだが、助けてもらうときだけ頼っておいて、契約がジャマになったから退治するのは、あまりにも身勝手だ。さすがに、それは申しわけない。
この巣のなかには、以前のときに戦ったサンダリンほどの突出して強力な戦士はいないようだ。もしいれば、それらしい力の波動を感じている。
龍郎の悪魔を探知する感覚でとらえられるのは、ルリムのほかは一人しかいない。強烈な悪魔の匂いがする。と言っても、魔王クラスではない。上級悪魔ていどだ。龍郎だけで対峙しても充分、勝てる相手である。
(もしかしたら、さっき清美さんが言ってたゲストってやつかな?)
結界のなかに客を迎えいれるとなれば、一族の誰かであるわけではない。同盟を結んでいるよその王なのかもしれない。つまり、その相手を殺しても、ルリムが困った立場になる。そのぶん、龍郎にも後難がふりかかる恐れがある。
ともかく、その場所まで行かないと、この世界から出ることができない。龍郎はけんめいに歩き続けた。強い悪魔の匂いをたどれば、客室へ行けそうだ。働きアリのあとを追いまわすより容易である。
ようやく、それらしい広い場所へやってきた。壁一枚むこうに上級悪魔の気配がある。
どうにか戦闘をさけて、マルコシアスと合流したいと思案しながら、龍郎はアーチ型の出入口のなかへ入っていこうとした。が、そこでギョッとして立ちどまる。
ルリムの声がする。
ルリムの気配は巣のどこからでも感知できるので、かえって遠近がわかりにくい。すぐそこに来ていると気づかなかった。
「わかっているわ。もうすぐ、あのおかたが覚醒なさるのね」
「うむ。水の王が死んだ。我らの苦手とするクトゥルフが。まもなく、そのときが来る」
「ラグナロク——」
「我らの王がめざめれば、すべての神の封印がとける。ようやく、待ちのぞんでいた時が来る」
客の声は嬉々としている。が、ルリムは黙りこんだ。
「そう……ね。わかっている」
「ほんとにわかっているのか? おまえのつれてきた、あの男…………だろう?」
急に客が声をひそめた。
何やら小声でルリムと言い争っている。とつぜん、ルリムが大声を出した。
「いいかげんにして。フサッグァ。龍郎はルリム=シャイコースの王よ。生贄になんてしないわ!」
「でも、アイツが我々の仲間になるとは思えない。裏切らないという保証があるのか?」
「契約したもの。大丈夫よ」
「それは甘いというものだ」
(おれを生贄に?)
なんだか、おだやかではない内容だ。
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