第15話 妹の想い -マリアベルの思うところ-

 わたくしの兄様は、それはもう長い期間片想いをしていますの。

 小さな頃、たった一度だけ会った女の子のことをずっとずっと想い続けて、出会いを信じて必死に探し回って。

 婚約の話が上がっても、初恋の君以外のひとと結婚するつもりはないとはっきりと言い切って、父様と母様を困らせてました。わたくしはずっと小さな頃から、兄様のその「初恋の君」の話を聞いてましたの。だって兄様ったら、小さな子どもだった私に自慢げに何度も何度も、そのお話をするんですもの。


 鮮やかな赤い髪色、金色の美しい瞳。兄様の初恋は、竜族の方でした。


 兄様は、竜族だからこそまた出会える、と考えていたみたいで。父様たちが呆れた表情を浮かべるのも気にせず、あちこちの国を渡り歩いてはそのひとを探して。……まぁ、結局それが「社会勉強」になったのは、間違いないのですけれども。

 わたくしも兄様のお目付け役としてあちこちの国を見て回って、見聞は充分に広がったことと思いますわ。

――お話が少し、ずれてしまいましたわね。

 とにかく兄様は必死で、初恋の君を探していました。

 その方を見つけたら、兄様は一体どうなさるの? ……と、一度聞いたことがあります。


「難しい質問だな」


 兄様は笑って言いました。


「まずは友達になりたい。だから平民として出会うのが一番理想だ。貴族だ王族だってなったら、なんか身構えてしまうだろ? 友達になって、彼女と一緒に色々なことをして……彼女がオレを好きになってくれたらいいなぁと思う」


 その子の性格が酷かったら?


「それはないと思うけどなぁ。だって彼女の笑顔、きらきらしててとても素敵だった」


 出会いからもう、何年も経ってますのよ。性格が曲がってる可能性もありますわ。


「そうかもしれない。それでも一度会ってみないとわからないだろ。まずは会って、それからだ」


 無計画な上に無謀、第一王子としてこれでいいのかしら、と思ったのは一度や二度ではありません。だからこそわたくしはずっと、兄様についていたのです。


 だって兄様は、初恋の君のためならその王位すら捨ててしまうでしょうから。

 状況によっては駆け落ち、なんてことも迷わずしてしまうかもしれません。

 それくらい、兄様の初恋の君にかける情熱は……はっきり言って異常、でした。呪いにでもかかってしまったのかと思うくらいに。

 王族の自覚はもちろん、あるのだと思います。だけれど兄様の中ではいつだって、初恋の君が優先されてしまう。もし兄様が王族という立場を捨ててしまうようなことがあれば……それは我がソール国には、大きな打撃になります。いくら自由な国とは言え、自分の立場も弁えず愛に溺れてしまうなんてこと、あってはならないのです。


 わたくしは兄様が、王族であることを忘れないようにあえて口調を変えませんでした。兄様は頑張って平民のふりをしていたみたいですけれど……正直決して上手とは言えませんでしたわね。兄様の雰囲気に、乱暴な口調も似合いませんし。

 いつでも王族であることを示せるように、王族の紋章は常に身につけておりました。咄嗟のときはその地位を利用することも躊躇いません。「社会勉強」の最中のそれはルール違反ではありますけど、臨機応変に対応するのは大事ですわ。

 兄様が誤った道へ進まないように、自分の立場を忘れないようにするのがわたくしの役目でした。


 そして、あの日。

 あの地下の闇マーケットで兄様は、初恋の君と出会いました。


 髪も顔も薄汚れ、金色の目は暗く濁り、想像していた「初恋の君」の姿とは少し違ってました。

 だけれど磨いてみたら、それはそれは美しい姿で。鮮やかな赤い髪に思わずうっとりとしてしまうほどでした。

 アンジェラと名乗った彼女は、酷く傷ついていました。愛するひとに、酷い言葉で突き放されたと言うのです。

 兄様から何度も聞かされた「竜族の儀式」。彼女が冤罪であるのは間違いなく、……それは彼女の弟であるローレンスの言葉からすでに、確信しておりました。

 わたくし正直、ランドルフという男については腹が立って仕方がありませんでしたわ。だって兄様の初恋の君に恋をされておいて、酷いことをしましたのよ? 兄様だったら絶対、アンジェラをこんな目には合わせなかったのに!


 兄様は、失恋してしまいました。

 アンジェラは突き放されても尚、その相手を想い続けているのです。


……でも。

 でも、わたくしは。

 それだけで、兄様に初恋の君を諦めて欲しくありませんでした。ずっとずっと長い時間探し続けて、ようやく見つけたそのひと。なのに失恋がわかって、すぐに諦めるなんてこと……今までの時間を無駄にするつもりなのかと思いましたわ。


 わたくしは兄様に何度も、初恋の君の話を聞いていました。


 彼女がどれだけ美しいか、素敵なのか。彼女が望んでくれたら、彼女を王族に迎え入れたい。彼女がそれを望まなかった場合は、自分が彼女に合わせて共に過ごしていきたい。――そんなことを、繰り返し繰り返し。

 だからわたくしは、兄様の初恋の君はいつかわたくしの、義理の姉になるのだと思っていました。

 というかもう、そうなるものだと思っていますの。

 こんな綺麗な方がわたくしのお義姉様になるなんて、とても素敵なことですもの! それにローレンスとも家族になれるのでしょう? きっと楽しいに違いありませんわ!

 正直なところ、本当のアンジェラがどんな人物であるのか、まだはっきりとわかりません。

 でもローレンスの姉様なら、きっと素敵なひとであるはずですわ。



 兄様。

 どうか諦めないでくださいませ。どうかその愛を思い出にしないでくださいませ。

 アンジェラの幸せは本当にランドルフと共にあることですの?

 彼女が望むならと、兄様は言うけれど。

 望んだ結果彼女が不幸せになることがあったら、どうしますの?

 アンジェラに刻まれた心は、簡単なものではありません。それほどの傷を、その男はつけたのです。

 彼女の心を癒やすのは、より大きく深い愛。兄様はそれを、もっているのではなくって?



 彼女のためだと決めつけて、何も言わないでいるのはただのヘタレ野郎ですわ。

 兄様は王族、第一王位継承者。もっと強くあらねばなりません。肉体的にも精神的にも、もっと強く。惚れた女性一人守れなくて、どうしますの?

 彼女はこれから何度も、突き放された日を思い出すのでしょう。化け物だと罵られた声を思い出すのでしょう。その度に何度も何度も傷つくのです。

 言った本人が彼女のその傷を、本当に癒せると思うのですか?



 どうか兄様。もう一度しっかり、お考えあそばせ。

 そしてしっかりと、男を見せてくださいませ。

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