第13話 願うのは、恋をしたあなたの幸せ

 アーノルドたち四人は、宿を出て馬車に乗っていた。

 馭者は相変わらずマリアベルで、ワゴンの中にはアーノルドとアンジェラ、ローレンスが座っている。


「アーノルド、その……この国の王子に会うってのは、どうやって」


 隣に座っている姉の様子を伺い見ながら、ローレンスが尋ねる。アンジェラはやはり光のない瞳で、ぼんやりと宙を見つめていた。


「決まってる。オレの身分を利用するんだ。社会勉強中の隣国の王子が、この国の王子へ拝謁を賜ることになんの不思議もない。ただまぁ……無作法とは思われるだろうな。社交界デビューを待たずして会おうとしてるんだから」

「この国の王は野心家なんだろ? 本当に大丈夫なのか?」

「ソールにはいくつも同盟国がある。隣国であるのに攻め入らない最たる理由がそれだ。それにまず、軍事力においてはソールもクラウディアに負けてはいない。父上や母上はなるべくその力を行使したくはないと言っているが……」


 ソール国は昔から他国との繋がりをより大切なものとし、大小問わずの国家と繋がりがある。貿易大国とも盛んに交流を行っているため、非常に裕福な国であった。やろうと思えば自国を広げることも可能であるのにそれをしないのは、ひとえに王家が平和主義であるためだ。アーノルドやマリアベルが、社会勉強にしては自由に動きすぎているのもその国柄であった。


「それにランドルフ第一王子は、オレに会わないわけにはいかないだろう。『竜族の令嬢』を連れているのだから」


 ローレンスが唇を緩く噛んだ。

 ニュースペーパーには依然、「逃亡中の竜族の令嬢の行方を追っている」とあり、「見つけたものは王から直々に褒美を授与される」ともあった。

 純粋に処刑するために探しているのだろうと思ったが、この国の王の様子や在り方を聞いているうちに、もう一つの考えが浮かんだ。


 クラウディア国はアンジェラを、利用するつもりなのではないか。


 地上の国にとって、天空の国であるドラグニアとの繋がりは大変貴重なものである。転移石を始めとする魔法具の技術、何よりその炎の加護は竜族以外には与えられないものであり、竜族と交流を結べたものはそのお零れを賜ることが出来るという。軍事力も圧倒的で、ドラグニアと同盟を組めた国は地上の国全てを従えることが出来る、などと噂されるほどだ。

 ただ当然のことながら、ドラグニアの力を「悪魔的」だとか「化け物」であると言う声も多い。過去に国を一つ消した事実は、それだけで充分恐怖の対象になるのだ。


「……結局アンジェラを利用するような形になって、悪いと思っている。だが彼女の今の状況を思うと、ランドルフ王子に会わせないわけにはいかないんだ」

「……あ、姉さん?」


 それまで宙を見つめていたアンジェラの瞼が、ふっと落ちる。それからローレンスに頭を預け、静かな寝息を立て始めた。


「きちんとした睡眠は取れてないんだろう。そのまま寝かせておいたほうがいい」


 アーノルドの眼差しには、どこまでも優しさとアンジェラへの想いが込められている。ローレンスはなんとも言えない表情を浮かべつつ、小さく頷いた。


 弟の心情を吐露すれば、アンジェラをランドルフに会わせたくはない。姉をこんな目に合わせた相手に、心底悲しませた相手に、どうして会わなければならないのか。このままアーノルドたちと共に別の国行って、そこで穏やかに過ごした方がアンジェラのためになるのではないか。

――だが、それではいつ治るのかもわからない。何度あのような苦しげな発作を起こしてしまうかわからない。何よりアンジェラは、ランドルフと会うことを望んだ。今は彼女ののぞみを叶えることが、何より優先されるべきことだ。


「しかし……こんな形で彼女に会うことになるとはなぁ」


 眉を下げて笑いながら、アーノルドが言う。


「本当はさ、身分を明かすつもりもなかったんだ。あくまで平民のアーノルドとして彼女に会うことを望んでた。ソール国の王子のオレじゃなくて、オレ自身を見てほしくて」


 はぁ、と深くため息をつき言葉を続けた。


「王家のオレが彼女に近づいたら、もしかしたら『竜族』だから近づいたんだと思われるかもしれない。ドラグニアとの交流が目的で近づいたと思われるのが嫌だった」

「いや……流石にそこまで卑屈じゃないと思うけど」

「わからないだろ。だから必死に平民のふりを続けてた。口調も平民のように乱暴にするようにして」

「あ、どうりでぎこちないと思った」

「マリアベルにも言われたよ。自然に出来てたつもりだったんだけどな……ランドルフ王子のように、オレも街で偶然彼女と出会いたかった。なんの計算もなく、ただ彼女に焦がれ続けた男として彼女の手を取りたかった」


 膝の上に乗せられた、アンジェラの白くて細い手を見つめる。今すぐにその手を握りたい衝動に駆られるが、彼女が求める温もりは決して自分ではない。

 彼女にとっての自分は、親切な友達。もしかしたら、親切な「弟の」友達、程度かもしれない。


「……おれ、恋愛とか、そういうのまだ良くわからないんだけど。あんたが姉さんのことを愛してるんだってことは、なんとなくわかる」


 肩にアンジェラの重みを感じつつ、ローレンスは瞳を細めた。

 まだ出会って間もない存在ではあるけれど、アーノルドのアンジェラへの想いは本物だった。

 アンジェラへの想いを紡ぐ言葉の音も、その瞳も、全身でアンジェラを強く想っている。


「正直……ランドルフとかいうやつに、姉さんを会わせたくない。知らなかったからって……知らないという理由だけで、ひとを傷つけていい理由にはならない。姉さんがこんなふうになったのは全部ランドルフのせいだ」

「ローレンス……」

「おれは絶対、あんたの方が姉さんを幸せにしてくれるって思ってる。……でも、でも姉さんが、……会いたいっていうから……」


 アーノルドはローレンスの顔を見やり、それからくっ、と喉を鳴らして笑う。背もたれに身体を預け、腕を組んで深く頷いた。


「オレだって本当は会わせたくない。このまま国に連れて帰りたいくらいだ。……だけど、そうだ。ローレンスの言う通り、彼女が……他でもない、彼女がそれを願うから。オレは彼女のために、それを叶えてやりたい」


 その結果が、どれほどアーノルドの心を傷つけようとも。彼の心の中には、アンジェラの幸せを願う想いばかりで。


「心底、惚れてるからな」


 おどけて言うと、ローレンスも小さく笑う。

 どうか彼のこの一途な想いが、眠る姉に届けばいい。

 ローレンスは眠るアンジェラの顔を見つめて、強く願った。

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