第11話 求めるものはそれではない

 クラウディア国第一王子、ランドルフ・オルブライト。

 少し前まで街に社会勉強に赴いていた。

 まだ少し期間を残していたものの、彼は今平民の服を脱ぎ捨て、王家の衣装に身を包んでいる。

 あの事件――「竜族」が街を燃やした事件に巻き込まれた彼は、同じように巻き込まれ傷ついた女性を連れ、城へと戻って来ていた。状況が状況であったために社会勉強は打ち切りとなっていたが、国王は自分の息子がそれ以上の「成果」を上げたことに機嫌を良くしている。

 その保護した女性、シンシアの傷が少し癒えてきた頃合い、国王が彼女を訪ねてやってきた。


「シンシア・ビアズリー。ドラグニア国男爵家の娘です」


 シンシアが名乗ると、国王は瞳を細めて笑みを深め頷く。

 国王はランドルフと同じ髪色で、同じ色の髭を口元にたっぷり生やしており、一見優しそうに笑っているその瞳の奥には、確かな野心が込められていた。


「今までドラグニアとの繋がりを作ることは出来なかったが……ランドルフよ、良くやった。これで交渉材料が出来た」


 クラウディア国王と言えば、野心家として有名である。戦争を仕掛けたのは一度や二度ではなく、欲しい領地を得るためには手段を選ばない。もしかしたら世界征服でも目指しているのでは、などという噂がされるほどに、国王のやり方は攻撃的で容赦がない。ゆえに血の気の多い国から攻め込まれることも何度かあったが、クラウディア国の守りは強く、その度に撃退を成功させていた。


「レイニー国を知っているか」

「ソール国の隣にある国ですね。海に面していて、貿易が盛んだとか……その国が、何か」

「――生意気に、宣戦布告があった」


 ランドフルの表情が強ばる。国王は忌々しげに眉を寄せて、ふん、と鼻で笑った。


「大した軍事力があるわけでもない、我が国の『盾』がいればいつものように撃退することも出来よう。だが問題は、やつらの流通だ。聞けばこの国を陥れるために様々な国との貿易を重ねているらしい」

「万が一のことがある、と?」

「その通り。……ゆえに、この娘の力を借りる。この娘を保護したこと、そして竜族の一人が街を燃やし尽くしたこと……恩と、責任。充分な交渉材料だ」


 にんまりと笑って顎髭をなでつける。

 つまり国王はシンシアを利用して、ドラグニアから援軍を得ようとしているのだ。ランドルフが少しばかり顔を顰め、父を咎めるように言う。


「父上、傷ついたシンシアを前にそのようなことは……」

「構いませんわ!」


 シンシアが勢い良く口を挟む。


「ランドルフ様のお父様のお力になれるのであれば、どうぞ私を交渉材料に使ってください。ランドルフ様は命の恩人ですもの、当然のことですわ!」


 彼女の言葉にランドルフは、幾分か違和感を覚えた。

 その違和感は彼女が目覚めてからずっとあり、今も消えない。



 アンジェラに傷つけられたのに、どうして彼女はあんなにも活き活きとしているんだろう。



 あの日見た光景は、地獄のようだった。

 前日まで穏やかだった街が全て焼け落ち、人々は息絶えて。シンシアは傷つき倒れ、何があったのかと言う問いかけに彼女は「アンジェラがやったの」と言った。恐怖に顔を歪め、涙を零す姿にランドルフは心の奥が凍りつくのを感じた。


 あれほど優しかった彼女が。

 気高い心を持っているはずの彼女が、なぜ。


 彼女は無傷だった。あの街の中で彼女だけが、前日までと同じ姿だった。

 だから彼女しかいないと思った。この街を燃やしたのは彼女しかあり得ない、と。

 こみ上げてくる怒りと悲しみに、ランドルフは思いつくままにアンジェラに言葉をぶつけた。何を言ったのか、はっきり覚えていない。ただ彼女を傷つける言葉であったことは間違いない。

 傷ついてもいい、と思った。こんな酷いことをした彼女を許すことは出来ない、と。

 例えどれほど深く愛した女性であっても。

 気がつくと、彼女の姿は見えなくなっていた。逃げたのだと理解したとき、ランドルフの中でアンジェラが罪人であると確定した。


『見せたいものがあるの』


 彼女の眼差しがあまりに真摯であったから、きっと何か大切なものなのだろうと期待していた。……それが、あの結果である。

 なぜアンジェラはあんなことをしたのだろうか。

 自分を愛してくれていたのではないのか。

 最初から街を燃やすつもりでいたのだろうか。同郷のシンシアを殺すつもりだったのだろうか。

 疑問は尽きず、しかしアンジェラに理由を聞くことも出来ず。ランドルフはシンシアを保護し、怪我が治ったら国に帰そうと思っていた。

 彼女の髪と目は、どうしたってアンジェラを思い出させる。だが国王である父に、アンジェラの身元を話してしまったのが間違いだった。


「ランドルフ、どうだ。せっかくならこの娘と婚姻を結んでは。ドラグニア国の令嬢が嫁いだとなれば、お前の名にも箔がつく」


 シンシアの瞳がわかりやすく輝いた。頬を紅潮させ、うっとりとランドルフを見つめている。

 違う、と、ランドルフは冷めた目でシンシアを見た。

 欲しい金色は、これではない。求めている赤は、この色ではない。


「……父上。その話はまた、別の機会に」


 無難な笑顔を浮かべて、頭を下げる。国王はつまらなそうにため息をつき、それからシンシアを労る言葉をかけ部屋を出ていった。ランドルフと二人きりになったシンシアはやはり期待に満ちた眼差しを向け続けている。


「あの、ランドルフ様。さっきの王様の言葉……」

「……シンシア。きみにひとつ聞きたいことがある」

「はい?」

「傷ついたきみが目を覚ましたときだ。そのとき僕はまだ、平民の格好をしていたはずだ。なのにきみは僕を見てランドルフ『様』と言った。それは、どうして?」


 平民として過ごしている間は基本的に身分を明かさない。貴族も王族も、平等な関係で過ごすのが常だ。だから互いの名を呼ぶときは呼び捨てであるし、シンシアも街ではそう呼んでいたはずだ。だというのに彼女はランドルフに「様」をつけた。まるで彼が王族であることをわかっていたかのように。


「そ、それは……」


 シンシアの表情が強ばる。ランドルフは言葉を続けた。


「それに目覚めた君はこの場所がどこかという問いかけもしなかった。城につれて来られるのをわかっていたのかな」

「……そ、そんな、そんなことありませんわ! その、ランドルフ様は高貴な方であるとはわかっていて、それで……」


 おろおろと視線を彷徨わせ、動揺を露わにする。ランドルフの眼差しはやはりどこまでも冷めていた。

 彼女の下心はもうずっと前からわかっていた。アンジェラに傷つけられたのをいいことに、国王と自分に取り入るつもりだろう。

 ランドルフは自分の心が、あの日からずっと黒い感情に飲まれているのを自覚している。

 それからもシンシアは何かと言い訳を重ねたが、ランドルフはもう、ほとんどその声を聞いていなかった。


 アンジェラ。


 罪人であるはずの想い人の姿は、ランドルフの中から消えてはいなかった。

 なぜあんなことをしたのか、その理由は今もわからない。彼女が今どこにいるのかも、知らない。

 この国を出てしまっただろうか。否、それはない。竜族に対する警戒を強化しているため、国を出ようとしたら報告に上がるはずだ。

 竜族である彼女は今、この国に居場所がない。愚かな平民に捕まり、暴力を受けている可能性もある。またどこかで野垂れ死んでいないとも言い切れない。


「……アンジェラ」


 街を燃やした罪人。許されない行為をした。だというのにランドルフの心は未だ、彼女の存在を求めている。



 僕の前に姿を見せてくれ。

 罪を認めてくれたら、あとは僕がきみを守ってやる。

 きみにひどい言葉を言った。きみを傷つけた。だけれど僕も、きみの行為に傷ついたんだ。

 アンジェラ。

 きみの金色の瞳が見たい。鮮やかな髪を撫でたい。

 きみが罪人であったとしても僕はきみが、……きみだけ、が。


 

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