第3話 探しものは同じ

 アーノルドとマリアベルはローレンスと名乗った竜族の青年を連れて、先程までいたカフェテリアへ戻ってきた。ウェイターに飲み物を注文して腰を落ち着けると、アーノルドは小さく咳払いをしてから言った。


「ローレンス、と呼んでも問題ないか?」

「あぁ、もちろん。あんたたちは……」

「オレはアーノルド。こっちは妹のマリアベル。ローレンス・ヴァレンタインと言っていたが、竜族の貴族ということで間違いないか」

「あぁ、そうだ。見たところあんたたちも高貴な身分のようだが」

「オレたちは今ちょうど『社会勉強』の最中でな。性を名乗ることは禁止されているんだ」


 平民と同等の生活を送ることが条件であるため、街へ降りて「勉強」をする貴族王族は誰しも、性を名乗ることをしない。ローレンスは納得した様子で頷いた。


「なるほど……えぇと、マリアベルの方も?」

「わたくしは兄様のお目付け役ですわ。なので今の兄様と同等か、それ以下の身分として扱って頂いて構いませんことよ」


 全く平民のそれではない口調と態度に、ローレンスは思わず笑った。


「なんだか、あんたたちは信用できる気がする」


 マリアベルを見て笑うローレンスに当のマリアベルは腕を組み、つん、とそっぽを向いた。


「そんな簡単に信用されても困りますわ。わたくしたちが奴隷商人だったり美人局だったりしたらどうしますの?」

「美人局しようとしているやつが、鼻を膨らませながらでっかい石を持ち上げたりするのか?」


 ぶふっ、と吹き出したのはアーノルドだった。マリアベルがきっ、と睨みつけ、それから少しばつが悪そうに唇を結ぶと一気に力を抜いて息を漏らした。


「あぁいう輩が一番嫌いです。大した理由もなく因縁をつけるような、そういう手合は最低ですわ」

「マリアベルは純粋に、ローレンスを心配して声をかけたんだ。オレの場合は少し下心っていうか、そういうのがあるんだが……」


 ぴく、と、ローレンスの眉が動く。表情から笑顔が消えて、警戒するような眼差しを向けられたアーノルドは慌てて手を振った。


「あぁ、違う。オレも人を探してて、それが竜族のお嬢さんで」

「竜族を探している? 何で?」

「それは、その」

「兄様の初恋の君ですわ!」


 言い淀むアーノルドの代わりに、マリアベルが意気揚々と答える。彼女は大分、兄の「初恋の君」の話が好きなようだ。


 ローレンスはきょとんとして、マリアベルとアーノルドを交互に見やった。


「兄様は幼いときに恋をした竜族の少女をずっと探してますの。下心というのはつまり、あなたがその女性を知っているかもしれないという期待ですわね。貴族という立場なら尚さらですわ。兄様の初恋の君も兄様と同じ時期に『社会勉強』をしていたと聞きましたわ」


 ぱちぱち、と瞬きを繰り返すローレンスにアーノルドは、額に手を当てて項垂れた。

 幼い頃――年は五歳の頃だ。その頃の初恋をずっと引きずってその相手を探し続けるという行為は、どう聞いたって少しばかり病的だ。自分でも異常であることを理解しているアーノルドであるが、それでも初恋の君の姿を忘れることが出来ないでいる。


「……その。悪い。思い切り私情で……」

「つまりアーノルドはその初恋の竜族の娘に会いたいと、そういうことか」


 マリアベルがアーノルドに変わって、「ですわ!」と頷く。


「構わないぞ。アーノルドが探しているのが誰なのかわからないが……もし姉さんを見つけることが出来たら、転移石でドラグニアに招待しよう。本人が今国にいるかはわからないが……探すのを手伝う」


「――交換条件ということですわね?」


 初恋の君を探すのを手伝う代わりに、姉を探すのを手伝ってくれ。そういう意味であると、マリアベルは察した。ローレンスもこくりと頷いて、神妙な面持ちになる。


「姉さんは一年前に地上に降りて、この国についての勉強をしていた。手紙のやりとりもしていて、最後の手紙には一週間後には帰ると連絡があった。それなのにその手紙からもう二週間……姉さんは未だに国に戻って来なくて、途切れたことのなかった手紙も届かなくなった」

「国に戻るのに、多少遅れたりすることはあるんじゃねぇのか?」

「それなら連絡があるはずなんだ。姉さんの性格から、黙っていなくなることは考えられない。それに姉さんは特殊な転移石を持っていたから、一年の期間が終了したらほとんど強制的に国に戻されるようになってる」

「だとしたら……その『姉さん』は今、転移石を所持していない可能性があるってことか?」


 転移石。


 それは、竜族の住むドラグニアへ行くことの出来る貴重な石のことである。


 竜族以外が所持していることは少なく、地上にあるのはほんの僅かだ。それなりの身分のあるものだけが許可を得て使用出来るものであり、平民はまずお目にかかることは出来ない。――アーノルドは以前それを勝手に使用し、大層怒られたのちに謹慎となった過去がある。


 その利用方法は簡単で、転移石を手に持ちドラグニアへ、と願えばいい。ローレンスの言う「特殊な転移石」というのは、願う必要もなく手にしているだけでドラグニアへ戻れるという仕組みになっているものだと言う。


「そうだ。おれたちのように高い身分のものが地上に降りるとき、期間が制限された転移石を渡される。その期間が来ると例え何かの最中でも一度国に戻って来いと、そういう制約だ」

「まぁ、貴族や王族が勝手にいなくなっては困りますものね。跡継ぎだとしたら特に。一年の勉強期間でその生活に馴染みすぎて、もとの生活に戻りたくないという話は一般の貴族たちの間でもよく聞きますもの」

「竜族はとくに、その種族自体の全体数が少ない。だから尚、公爵子息や令嬢と言った身分のものがいなくなるのは困るんだろうな」

「……その通りだ。姉さんはヴァレンタイン家の長女で、公爵令嬢だ。竜族は性別に関係なく、その家に一番最初に生まれたものが爵位を継ぐ。……姉さんがそのことに不満を抱いていたようには見えなかったけど……」


 ローレンスはそこまで言葉を紡いで、視線を伏せた。


「もし姉さんが公爵家を継ぐのが嫌で国に戻ってこないんだとしたら、それをちゃんと姉さんの口から聞きたいんだ。連れ戻そうとか、責めたいわけじゃなくて、姉さんが本当はどう思っているのか聞きたい。何より今、無事でいるのかどうか……」


 ローレンスは拳をぎゅっと握りしめ、辛そうに眉を寄せる。ちょうどそのタイミングでウェイターが飲み物を運び、冷たいコーヒーの入ったグラスがテーブルの上に置かれた。グラスを手にしたアーノルドはしばらく考える素振りを見せて、コーヒーを一口飲む。


「ちなみに、宛はあるのか?」

「……ある、というか……実は。先日焼かれた街、なんだ。姉さんが滞在していた場所は」


 眉を寄せたまま、小さな声で言葉を紡ぐ。マリアベルはすぐに、先程読んでいたニュースペーパーを取り出して開いた。


「どちら、かしら」


 ニュースペーパーに載っている竜族は、二人。「街を焼いて」逃亡したと見られる方と、傷つき保護された方。


「怪我をした方じゃない。……それだけは違うと思いたい」


 思いつめた声に、アーノルドとマリアベルは顔を見合わせた。持っていたグラスを置いて、ローレンスの肩をぽんと叩く。


「その『姉さん』は、街を焼くような真似はしねェな?」

「当然だ! 姉さんはそんなことのために『炎舞』を使ったりしない。神聖な炎で人を殺したりするような真似は絶対しない人だ!」


 アーノルドは口角を上げて、うん、と頷いた。


「だったら探しに行くのは、『逃亡中』だと言われる竜族の方だな。あれからまだ日数は経っていないし、今現在この国は竜族に対してかなり厳重な注意を払っている。ローレンスの言う通り転移石も持っていないのだとしたら、どこかに身を潜めている可能性が高い」

「地道に話を聞いていく他ないですわね。兄様の言うように竜族は危険視されてますから、その辺を歩いていたらあなたのように絡まれているかもしれませんわ。ローレンス、あなたも調査をするならその目立つ髪は隠した方がよろしいですわね」

「あ、あぁ、わかった。……本当に手伝ってくれるのか?」

「そりゃあお前、見つけたらこっちの捜索も手伝ってくれるんだろう? 名前も何も知らない相手を探すんだから、それに比べたらお安いご用だ」

「兄様はそれはもう必死ですの。交換条件にしては、あなたの負担の方が大きくなってしまうけど……よろしくて?」

「ここまで話したんだから、もちろん構わない。それじゃ、改めてよろしく頼むよ」


 手を差し出し、握手を求める。最初にアーノルドが、それからマリアベルが順番に握手を交わした。


「よし、じゃあ少し腹ごなししてから……」


 ウェイターを呼ぼうと視線を動かした直後、ぬぅ、とアーノルドに影がかかる。何事かと顔を上げると、でっぷりとした恰幅の良い男が三人のいるテーブルのそばに立っていた。にこにこと愛想よくわらっているがどこか不気味な雰囲気が漂い、三人は自然と身構えていた。


「あぁ、失礼。その服の質に振る舞い、どこかの貴族の方とお見受けする」

「……何か用でも?」

「実は私、この街で商売を営んでいるものでして。日用品から魔法具まで、売っていないものはない店ということで有名なんですよ」

「何かを売りつけようってことですの?」

「いえいえ、そういうわけでは。……ただ、そのぅ。あなた方の話を、少しばかり聞いてしまいましてね。もしかしたら私どもの『商品』が、あなた方の探しものの役に立つかもしれないと、そう思いまして」

「何だと? どういうことだ」


 ローレンスは訝しげに眉を潜めた。恰幅の良い男はホホホ、と笑い声を上げるとポケットから封筒を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「ご興味がありましたらぜひいらしてください。詳細はそちらに記されてますので」


 にこにこと笑みを浮かべたまま男は一礼し、そのまま店を後にした。

 怪しさしかない封筒を三人はじっと見つめて、それから顔を見合わせる。


「……どうやら今日は、何かと起こる日らしいな」

「厄日でないことを祈りますわ」


 マリアベルは両手を合わせ、神に祈りを捧げたのだった。

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