第2話 初恋の君を探して

『竜族による悲劇、再び――クラウディア国の東にある小さな街が、竜族の炎によって壊滅した。手をかけた竜族の令嬢はその場から姿を消し、今も逃走中とのこと。生き残った二人のうち一人は同じ竜族であったが体中に傷を負っており、街を燃やした竜族の残虐さが伺える』




「……ですって」


 街のカフェテリアでニュースペーパーを読み上げ、金色の髪を頭の上で二つに結い上げた少女は小さく息を吐いた。紫紺の瞳の向く先は、同じように金髪と紫紺の瞳を持った青年。


「最近の記者は何も調べずに記事を書くのが普通なのか? 街を燃やした竜族が逃げられるわけねェだろう」


 青年は少女からニュースペーパーを受け取り、その文字を眺めてふん、と鼻で笑う。


「そうは言っても、現実はそんなものですわ。アーノルド兄様のように竜族の歴史と生態を根気よく調べようとする人がいないんですもの」

「調べる努力を怠ってるんだ。空の上にあるドラグニアを夢物語だと思ってるやつらもいる。竜族が存在しているのだから、彼らが住む場所があって当然の話だろう? マリアベル」


 マリアベルと呼ばれた少女は、少しばかり呆れたような表情で兄、アーノルドを見やった。


「わたくしに言わせて見れば、初恋の君を思うがゆえに空の国にまで赴いて竜族のことを学ぶ兄様の方が異色ですわ」


 妹の眼差しと言葉に、アーノルドは飲んでいたコーヒーをブッ、と吹き出した。


「その努力を別の方向に向けてくれたらと、父様と母様が嘆いてましてよ」

「い、いや、そうは言うがな、俺のこの行動もゆくゆくは国のためになると……」

「あら。それが目的で初恋の君を追いかけてますの?」

「……それは違う」


 決して打算的なものではないと、アーノルドの表情が語っている。マリアベルはそれをわかっており、ふふ、と小さく笑ってニュースペーパーを折りたたんだ。


「わたくしは兄様の、そういう想いを曲げないところが好きですわ。それにわたくしもこうして、兄様の見張り役という名目であちこちの国を旅行することが出来ますもの」

「俺は一応、社会勉強という体で家を出たんだがな」

「誰も信じてませんわ」


 アーノルドとマリアベルは、クラウディア国の隣国ソールの出身である。高貴な身分ではあるが、「社会勉強」のために二人で国を巡っていた。……というのは建前。

 アーノルドは幼い頃、ある小さな街で出会った竜族の少女に一目惚れしていた。彼が街に入るタイミングでその竜族の少女は街を立ち、街の入口で少しだけ言葉を交わしたのみの相手である。

 当然名前も聞けずに、だけれどアーノルドはその日から一度として彼女を忘れることはなかった。


 赤い髪に金色の瞳を持つものは竜族であると親に聞き、それから必死になって竜族についてのことを学んだ。いつか再び出会ったときに失礼がないように、出会えることを夢見てアーノルドは、国の研究者が驚くほど熱心に勉強を続けた。そして時には「社会勉強」と称して、竜族の少女を探す旅に出る。何度か竜族に出会ったが、恋をした少女に出会うことは今だにない。貴重な「転移石」を利用してドラグニアに赴いたときにも、彼女に会うことは叶わなかった。


「転移石を勝手に利用してまで初恋の君に会いたがっている兄様を、誰が信じますの?」

「一度だけだ」

「回数の問題じゃありませんわ」

「……それは、まぁ……」

「貴重な石を『勝手に』使ったことが問題です」


 彼らは兄妹でありながら、アーノルドは一度としてマリアベルに勝てたことがない。アーノルドと共に国を回り知識と社交性を身に着けた少女は、外見に似つかわしくない豪胆さと強かさを兼ね備えている。……言ってしまえば「初恋の君」という弱みがある兄が、そんな妹に勝てるわけがないのだった。


「おい、言いがかりはやめろ!」


 不意に聞こえた大きな声に、二人は視線を窓の外へと向ける。アーノルドはすぐに立ち上がってカフェテリアを出ると、数人の男たちが一人の青年を囲んでいる場面に出くわした。青年の髪の色に、アーノルドの瞳が細められる。追いかけてきたマリアベルが言った。


「竜族ですわね」

「あぁ」


 鮮やかな赤い髪に、金色の瞳。竜族の証である。


「言いがかりだ? 何も間違っちゃいねェだろうが、この化け物め!」

「街一つ燃やしておいて、よくもまぁのうのうとしていられるもんだ」


 男たちはにやにやと笑いながら竜族の青年に絡んでいる。それは決して、珍しくない光景であった。過去国を一つ潰した竜族に対する偏見や差別は少なくない。竜族は地上に住む人間よりも全体の人数が少ないため彼らに対する情報が少なく、先程目にしたニュースペーパーのような内容を鵜呑みにしてしまう層が多いのだ。


「それをやったのはおれじゃない。別の竜族だ」

「どの竜族だろうがオレたちにとっちゃ一緒だ! 責任取って詫びの一つでもいれちゃあどうだ」

「あぁもちろん、言葉だけで済むと思っちゃいけねぇ。それなりのものを見せてもらわねぇとなぁ」


 竜族の青年の表情が嫌悪に歪む。アーノルドの表情も同じように不快感を示していた。


 男たちは竜族を理由にしていながら結局、竜族であろうがなかろうが、何でもいいのだ。たかれる相手なら誰でも。


「ごめんあそばせ」


 は、とアーノルドが顔を上げると、マリアベルがずいと前に出ていた。男たちの視線がマリアベルに向き、じろじろと無遠慮に見やる。男の一人がつまらなそうに鼻を鳴らした。


「なんだ、ガキか」

「いや良く見ろよあの服を。いいとこの嬢ちゃんだ」


 男たちの目つきが変わったことに、マリアベルは思い切り軽蔑の眼差しを見せた。


「嘆かわしいこと。お金のことしか考えられませんの?」


 ふぅっ、とわざとらしくため息をついて、マリアベルが言う。男たちの眉が釣り上がり、今まで竜族の青年に向けられていた身体をマリアベルに向ける。アーノルドは咄嗟にマリアベルの前に立った。曖昧に笑って、両手を顔の高さまで上げる。


「うちの妹が悪いな。そこの竜族と知り合いなんだ」

「あ? なんだテメェ」


 マリアベルに煽られたためか、男たちはすでに喧嘩腰である。アーノルドはため息を漏らし、言葉を続けた。


「ことを荒立てる気はねぇんだ。さっさと身を引いた方がいいぞ」

「うるせぇっ、邪魔するな!」


 三流の悪役よろしく、男がアーノルドに掴みかかる。けれどその腕はアーノルドに掴まれ、そしてそのまま地面に放り投げられた。ぐえっ、と上がった声に、他の男達はぎくりと身体を強張らせた。このくらいで?と疑問符を浮かべたアーノルドはふと、男たちの視線が自分の後ろへ向けられていることに気がつく。竜族の青年もぽかんとして、それを見つめていた。


「……マリアベル!」


 振り返り、ぎょっとする。マリアベルはどこで見つけたのか大きな石を顔を真っ赤にしながら持ち上げており、今にも地面に伏せた男にぶつけそうな勢いであった。


「何をやってんだお前は!」

「み、見てわかりませんの? お、追い打ちですわ!」

「そんな苦しそうな顔して言うことか! 重いんだろ!」


 兄が妹を必死で止めているうちに男たちは、ばたばたと慌てて逃げていった。地面に捨てられていた男も這うようにして立ち上がり、他の男たちを追って行く。マリアベルは持っていた石をずどんと落とし、得意げに笑った。


「しょせんは小者……わたくしの相手ではなくってよ」

「お前の様子のおかしさに逃げ出したんだよ……あ、きみ、大丈夫か?」


 ぽかんとしたままの竜族の青年に、アーノルドが声をかける。青年ははっとして、少しだけにやけた顔で頭を下げた。


「助けてくれてありがとう。こっちに来た途端変なのに絡まれて困ってたんだ」

「こっちに来た途端……ってことはもしかして……あっち、から?」


 アーノルドが空に指をさして言うと、竜族の青年は笑顔で頷く。


「おれはローレンス・ヴァレンタイン。――姉を、探しに来た」


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