第4話 竜族の儀式とは

 商人だと言っていた男が置いていった封筒の中には、招待状が入っていた。


 かならず顔を隠して来ること。

 場所を誰にも知らせないこと。

 この「イベント」について、決して口外しないこと。


 明らかに怪しいことこの上ない内容に、三人は招待状を前に腕を組んで唸った。


「……どう思う?」

「どう、って……怪しい、としか」

「でもあの方の言っていたことは気になりますわよね。わたくしたちの探しものに役立つかも、と……」


 アーノルドとローレンス、二人の「探しもの」は共通して「竜族の令嬢」だ。どちらも探す宛はないに等しく、少しでも手がかりがあるのなら知りたいと考えるのが普通である。

 ただこの招待状もこれを渡した男もどうしたって信用出来るものではなく、かと言って本当の親切心で声をかけてきた可能性もゼロではない。


「……おれは、行ってみようと思う」

「ローレンス」

「無駄足かもしれないけど、もしかしたら手がかりがあるかもしれない」


 これほどまでに長い間、姉と連絡が取れなくなったのは初めてだった。ローレンスは姉を思う余り短い期間に何度も手紙を送っていたが、アンジェラはその手紙には必ず返事をくれた。帰る、と連絡があったのに未だ国には戻らず、その姿は今行方知れずだ。


 もし姉の身に何かあったのだとしたら。

 街が焼かれたあの事件に、恐らく「巻き込まれた」アンジェラは無事でいるのか。

 難しい表情で黙り込んだローレンスを、アーノルドとマリアベルはじっと見つめて。それから視線を合わせて頷き合うと、マリアベルがふぅ、と息を漏らして言った。


「武器の一つも持って乗り込んだ方がよろしいですわ。わたくしは『もしも』のための準備をしてから合流しますわね」

「岩でも持ってくるのか?」

「あなた、そのネタを随分引っ張りますのね……とにかく、兄様とローレンスは先に潜入しておいてくださいまし」

「あぁ、わかった。ローレンス、武術の心得は?」

「おれも一応、貴族だ。足手まといにはならない」



 それから三人は軽い食事を済ませ、道具屋で護身用の剣を購入し、ついでに顔を隠すための仮面も用意した。

 招待状に記されている場所は、ある大きな商店の地下だった。

 日がすっかり落ち、街を歩く人の姿がほとんどなくなった時間帯になった頃、アーノルドとローレンスの二人は招待状を手に商店の入り口までやってきた。マリアベルは「念入りな準備」をしているため、一人別で行動している。


「マリアベルは一人で大丈夫なのか?」

「あぁ、あいつのことなら心配いらない。多分手伝うって言っても、『一人の方が動きやすいので結構ですわ』とか言うに決まってる」


 目元だけを覆う仮面を装着してアーノルドが言うと、ローレンスはふふ、と笑った。同じように仮面をつけて、腰に下げた剣の柄を握る。


「……なぁ、聞いてもいいか」

「何だ?」

「おれがさっき、『怪我をした方ではないと願いたい』と言ったとき……あんたはすぐに『逃亡中』の竜族を探しに行くと言ったよな。あんたはもしかして、知ってるのか? 竜族の炎舞、が何なのか」

「――あぁ。知っている」


 アーノルドはゆっくりと頷いた。


「竜族に伝わる神聖な儀式……一生を誓う相手へ捧げる舞。だがその事実を知るものは少ない」


 なぜならそれは、すべて口承ゆえ。

 古くから伝わる儀式でありながら、一切記録されていない。


「竜族は外交こそすれ、閉鎖的だ。必要最低限の会話はしても、神聖なる儀式の話を外に漏らしたりはしないだろう。だから誰もその事実を知らない。炎舞が何であるのか、どのような使い方をするのか、知っている人間がどれだけいるのか」

「あんたはなぜそれを知っている? 誰に聞いたんだ?」


 問いかけに、アーノルドの身体がぎくりと強ばる。冷や汗を滲ませ視線を泳がせるものの、幾分か警戒色を強めているローレンスの眼差しに観念した様子で話はじめた。


「何年か前に、ドラグニアへ行ったことがある」

「え、」

「……探しに行ったんだ。でも名前も何も知らねェから、そう簡単に見つかるはずもなくて。やっぱりダメか、どうしたら会えるんだと、それはもうめちゃくちゃに落ち込んでいたときに、竜族の女性に声をかけられた」


 初恋の君とは違う、深い赤色の髪に金色の瞳。今より少しばかり若かったアーノルドは落ち込んだ気持ちのまま、初恋の君が見つからないのだと正直に吐露した。


「その女性は豪快に笑って、一途だが気持ち悪いな、とはっきり言われた。おれが否定する気力もなくさらに落ち込んでいたら、教えてくれた」




『傷つけたお詫びに、いいことを教えてやるよ。竜族に伝わる神聖な儀式……炎を纏い、空を舞うそれは美しい光景を』




「それが、炎舞だった」


 女性は炎舞が何であるのかということを隠すことなく教えてくれた。それが何を意味するのか、使い方を誤った場合どうなるのか。

 だからアーノルドはローレンスに聞いたのだ。「その『姉さん』は、街を焼くような真似はしねェな?」と。


 その話を聞いたローレンスは納得した面持ちで、それから少し眉を下げて半笑いのような顔で言った。


「あんた、本当にその初恋の君、が好きなんだな」

「一途で気持ち悪いか」

「正直、少し」

「おい」

「でも、悪くないと思う。自分の気持ちを曲げずにずっとただ一人を想い続けるって、なかなか出来るもんじゃないよな」


 ローレンスの言葉は、どこかマリアベルが漏らした言葉にも似ていて。何となく胸がこそばゆくなり、アーノルドはウホン、と咳払いを一つした。


「お喋りはここまでにしとくか。そろそろ行かないと」


 頷きあって、商店の中へと入る。地下への階段の前には、やたら体格の良い執事の格好をした男が立っていた。


「失礼。招待状を」


 じろりと睨まれるも、アーノルドはすぐに招待状を見せた。執事の格好をした男はじろじろとそれを眺め、結構、と胸ポケットへしまう。それから身体をずらし、地下への道を開けた。

 階段の下の方は暗く、その先は見えない。

 二人はどちらかともなくごくりと喉を鳴らし、暗がりの中へ足を踏み入れた。

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