第67話 背負うべき物
ジョーの案内で馬車は孤児達の住む下水道の入り口へと向かった。
案内の為、ジョーは御者台に座り手綱を握る兵士に道案内をしている。
「僕もあっちに座りたかったなぁ」
“ケインもやっぱり男の子だね”
馬車の椅子に膝立ちになり、覗き窓から前方を覗いているケインを見て悠は少し笑った。
「だってあっちの方が見晴らしが良さそうじゃないか」
“まぁ、そうだね”
悠とケインの会話を聞いたミリアが少し呆れた口調でアーニャに話しかける。
「男って馬鹿ねぇ、御者台なんてむき出しで寒いだけじゃない。ねぇアーニャそう思うでしょう?」
「うーん……でも確かに見晴らしは良さそうだよ」
「それは認めるけど……お尻痛くなっちゃいそう」
「あっ、それはそうかも!」
「でしょでしょ!」
ミリアはアーニャが同意してくれたのが嬉しいのか、彼女の手を握り椅子の上で小さく跳ねた。
それを見て微笑みながらトレアは窓から流れる街の様子に視線を移した。
今から半年程前、度重なる停戦協定を拒んだロガの首脳部を潰す為、トレアが率いるベベル軍はロガの首都に真っすぐ進軍していた。
彼らは国境に集中していたロガ軍を打ち破り、国内に散っていた残り少ない軍勢が辿り着く前に首都周辺の交通網を破壊。
首都を取り囲む事に成功した。
そこからは早かった。
首都を取り囲む城壁は時代遅れの産物で馬車に搭載された大砲は街の城壁を超え、王宮の壁の中に直接撃ち込まれた。
王たちが降伏したのは攻撃開始からわずか半日後だった。
その時の事を思い出すとトレアの心に怒りが沸き上がる。
彼らは前線の兵士がいくら倒れようと戦いを止めようとはしなかった。
だが自分の鼻先に砲弾が撃ち込まれるとすぐに降伏の使者を立てたのだ。
何の為の戦いだったのかと思い出すたびトレアは思う。
王達は王宮に入ったトレアを歓待し図々しく助命を乞うた。
トレアは彼らの血に驕った態度に怒りを感じ、願いを受け入れずベベルの法に照らし合わせ刑を執行した。
あの俗物共が余計な欲をかかなければ、馬車に乗っている孤児達も街の住民も、いや戦争に関わった全ての人間が辛く不安な日々を送る必要は無かった筈だ。
“トレア、どうしたの?”
悠は後部座席の右端に座っていたトレアの膝に手を置き囁く。
「何でもないさ」
“……こう見えて僕は戦場を知ってる。吐き出せは楽になる事もあるよ”
「猫のお前が戦場を? 戦地で暮らしていたのか?」
“違う……ここじゃない遠い場所、僕は人間の兵士だった。生き残る為に戦ったんだ”
「ここじゃない……お前は不思議な猫だものな。兵士だったというならそうなのだろう……だが、大丈夫だ、これは私が背負うべき物だ」
そう言って笑い悠を撫でるトレアの顔には悲しみや虚しさ、憤りがない交ぜになった笑みが浮かんでいた。
悠は自分の言葉を少し後悔した。
笑みを浮かべながらも切なそうな横顔にクリスと同じ物を感じたのだが、簡単に手を出していいものでは無かったようだ。
彼女は司令官だ。
この戦争で起きた事の責任の一端は彼女が負うべき物なのだ。
安易にそれを降ろせば、彼女は命を数字でしか見ない人間に成り下がるだろう。
“ごめん、軽率だった”
「フフッ……お前は優しい子だココ」
“あっ!?”
トレアはそう言って悠を抱き上げると、赤ん坊の様に抱いて喉の下をくすぐった。
“そっ、それは駄目だよう!ああ……”
悠は自身の意思に反してゴロゴロと喉を鳴らした。
川縁に二台の馬車が停車する。
大通りから少し離れた場所にある下水道の側は昼間でも人通りは少ない。
下水は悪臭を放っているから街の人間は余り近づきたく無いのだろう。
トレア以外の兵士達も悪臭に顔をしかめていた。
「こっちだぜ、姉ちゃん」
ジョーが川沿いの土手に作られた石造り階段を下りトレアを促す。
「お前達は本当にこんな所で暮らしているのか?」
「そうだよ。家は借家だったし父さんは兵隊に取られて母さんも倒れて……僕だけじゃ家賃を払えなかったんだ」
「母親はどうしたんだ?」
「軍の工場で働いていたんだけど、病気になって死んじゃった……」
「ケインもそうなの!?」
「アーニャもなのかい?」
ケインの言葉にアーニャが驚いた様に答えた。
「軍の工場か……視察したが武器の製造過程に問題があったようだ。恐らく中毒症状を起こしたのだろう」
「じゃあ僕とアーニャの母さんが病気になったのは……」
「軍工場の所為だろうな……」
「じゃあアタシの母さんも……」
「ミリアのお母さんも工場で働いてたの!?」
「給金が良かったみたいでさ……そんなんだったら別に貧乏でもよかったのに……」
暗く沈んだケイン達にジョーが声を掛ける。
「メソメソしてんじゃねぇよ! 俺達はこれから貴族の屋敷で暮らせるんだぜ! 後ろばっか見てねぇでハッピーに生きようぜ!!」
“ジョー……君、見かけによらずいい事言うね”
「見かけによらずは余計だよ! それより早く行こうぜ!」
「うん。トレアさん、こっちだよ」
アーニャはトレアの手を引く。
「おっ、おい、引っ張るな……お前達は入り口を見張れ、銃を持った兵士がゾロゾロ行くと子供が怯える」
「しかし……」
「命令だ」
「……了解です。異常を感じたらすぐにお呼び下さい」
「うむ」
トレアは護衛の兵に命令を下すと孤児達と共に下水道の中に歩みを進めた。
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