第68話 誰かの大事な人

 ゆう達はトレアを案内し下水道の入り口に立った。

 先行していたジョーが入り口近くに隠してたランプに火を入れる。

 ランプの灯りでは先は見えず、アーチ状の下水道の奥は暗く闇に沈んでいた。


「暗いな……こんな所で」

「俺達はまだいい方だぜ、それなりに温かいしな。廃墟の連中とか隙間風ていうか……壁に穴が開いてるから隙間じゃねぇな。とにかく風が強い日はキツイらしい」

「そんな所に住んでいる者もいるのか……」


 トレアは自分でも街を歩き視察を続けていたが、下水やスラム等は危険性を考慮したロベルトが行く事を許さなかった。


 やはり報告書だけでは実態を知る事は出来んな。

 戦場でそれは思い知った筈だったが……。


 トレアは地位が上がった事で自分が動ける余地が狭まった事を実感し少し窮屈さを感じた。


 考え事をしていた為だろう。浮き上がった石畳に足を取られ転びそうなる。


「おっと、気を付けな姉ちゃん。なんなら手を引いてやろうか?」


 咄嗟にトレアを支えたジョーがニヤリと笑う。


「そうだな。では頼む」

「おっ、おう」


 ジョーとしては唯の軽口だったので、手を差し出したトレアの反応に戸惑っている様子だった。

 ためらいがちにトレアの手を握るジョーにミリアがクスクスと笑う。


「わっ、笑うな!行くぞ!」

「ジョーは大人ぶってるけど、実は初心うぶなんだよ」

「そうなんだ。でもちゃんと手は引いてあげるんだね」

「それはケインの影響かもね」


 話題に出たケインは何を言うでもなくアーニャの手を引いていた。


「ケイン、アタシの手は引いてくれないの?」

「ん?別にいいけど、ミリアは慣れてるから平気だよね?」

「駄目だこりゃ」


 心底不思議そうに答えたケインにミリアは額に手を当て大仰に天を仰いだ。


「えっ?何々?」


 彼は父親の言葉「女の子には優しくしろ」を実践しているだけで、色恋についてはまだまだのようだ。

 いや、意外にこのまま成長すれば無自覚な人たらしになるかもしれない。

 悠は彼らの足元を歩きながらそんな事を考えた。


 ランプの灯りを頼りに孤児達が居場所にしている中州に辿り着く。

 だが中州には孤児達の姿は一人も見えなかった。


「おかしいな。なんで誰もいねぇんだ?」

“働きに出てるんじゃないの?”

「そりゃ年長組は街で小遣い稼ぎをしてるだろうけど、チビたちもいねぇのは変だ」

「そうだね、いつもは子守で一人二人は大きい子も残ってるんだけど……」

「……異常事態か。下がっていろ」


 トレアは孤児達の前に出て腰のホルスターから拳銃を抜いた。


「姉ちゃん、何で鉄砲なんて……」

「いつもと違う事が起きている。それはいつもと違う人間、つまり私がここにいるからだろう……ジョー、入り口の兵を呼んで来てくれ」

「わっ、分かった!」


 駆け出したジョーの足元が轟音と共に弾けた。


「わっ!?……もしかして撃たれた?」

「全員動くな!!動けばこのガキを殺す!!」


 中州の向こう、橋を超えた先の暗がりから孤児を抱えた男が姿を見せた。


“アイツは……”


 男は王宮からの帰り道、路地の暗がりから王宮を睨んでいた男だった。


「ねぇちゃ……こわいよぉ……」

「ティム!?」


 抱えられた孤児はミリアの弟ティムだった。

 思わず駆け寄ろうとするミリアをトレアが制止する。


「邪魔しないで!!」

「今行けばお前も人質にされるだけだ。貴様、何が目的だ!?」

「目的ぃ? そんなもんてめえの命に決まってんだろう! この桃色の悪魔が!」


 男は顔を歪めトレアに血走った目を向けた。


「お前の所為で兄貴も戦友もお袋も死んだ!! てめぇも同じ地獄へ……いや、てめえが落ちるのは俺達よりもずっと深い地獄の底だ!!」

「……いいだろう。私の命はくれてやる……だからその子を放すんだ!!」


「トレアさん!?」

「いいのだアーニャ。あの男の言う通り、私はこの国の人々を山ほど殺してきた……血塗れの私よりあの子の方が生きる価値はある」


 トレアは銃を捨てると男のいる橋の向こうへ歩みを進めた。


「へへへっ……ようやくあのクソ女に裁きを下せる……」


 男の指がハンマーを押し下げる。

 興奮のためか銃を握った手は小刻みに震えていた。


「へへ……もっと寄ってこい、確実に脳天に銃弾をぶち込んでやるからよぉ……」


 照準に集中していた男の視界の端を黒い影が走り抜ける。

 影はそのまま男に駆け寄ると銃を握った男の右手を切り裂いた。


「ギャッ!?」


 右手が跳ね上がり暴発した銃弾が下水道の天井を抉る。


“君の気持ち、よく分かるよ……でも君が殺そうとしている人も皆、誰かの大事な人なんだ。だからゴメン……”

「なんだぁこの猫!?」


 男の血走った目は自分に向かって鳴く猫を捉える。

 流れる様に銃口はその猫、悠に向けられた。


「邪魔するならてめぇも死ね!」


 カチリとハンマーが引かれ、男は躊躇なく引き金を絞った。


「「ココ!!」」


 下水道に銃声、そしてアーニャとトレアの声が木霊した。

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