第66話 無人の屋敷は

 貴族の屋敷はトレアの言葉通り広いだけで何も無かった。

 ガランとした空間はゆうにはいつか日本で見た廃業したコンビニを思わせた。

 数ヶ月前までは確かにそこで人が働き、客が買い物や立ち読みをしていた。

 だが久しぶりに通ると中はカラッポで扉には張り紙が一枚張られている。


“なんだろ、なんだか切ないような……何とも言えないね”

「ホント広いだけで何もねぇな」

「だね。でも清潔だし下水道とは比べ物にならないよ」

「そうだねぇ。ここならティムも病気になったりしないね」


 そんな悠の感傷はジョー達の声にかき消された。


「今は何も無いが安心しろ。実際暮らすとなれば家具の調達や改装はするつもりだ」

「これだけ広ければかなりの人数が暮らせそうですね」

「うむ、しかしこの屋敷だけで街のお前達の様な孤児全てを収容する事は出来んだろうな……」

“何でも一気に解決するのは無理だよ。腰を据えてやろう”

「そうだな……」


 トレアを見上げ声を掛けた悠を、彼女は抱き上げ頬擦りした。


「お前は前向きだなぁ!」

“くっ、苦しい……”

「トレアさん、もっと優しく抱いてください! ココに嫌われちゃいますよ!」


「うっ……そうか、そうだな。すまんココ、感情が抑えきれんでな」

“ふぅ……アーニャには前に言ったけど、体格差を考えて欲しい”

「すっ、すまん」

「そういえば私も怒られてました……」


 その時の事を思い出しアーニャは思わず口に手を当てた。

 それを見たトレアが彼女に微笑みを返す。


 悠としてはぬいぐるみの様に扱われるのは多少思う所はあったが、二人が仲良くなるのは今後の事を考えれば悪い事では無いだろう。


 その後、一通り屋敷を見て回った。

 無人の屋敷は廃墟の様でやはり悠は物悲しさを感じた。


 まぁそんな感傷はさておき、屋敷は家具や装飾は無いものの井戸等も設置されており必要な物を運び込めば、すぐにでも生活できそうだった。

 多分パーティーにでも使うのだろう大広間もあり、そこはそのまま教室として活用できそうだ。

 広い庭も整備すれば土木等の実習に使えるだろう。


 いや、そもそも屋敷の整備作業自体を実習とすれば一石二鳥かもしれない。

 トレアに提案してみるか……。


「どうだ? 見た感想は?」

「清潔でいいと思います」

「アタシもそう思う。壁に銃弾の痕があったのは怖かったけど……」


「ここに住んでいた者を捕らえる際に多少戦闘があったのでな……そこも修繕しておこう」

「んで、いつから住めるんだ? 出来れば冬が来る前には移りてぇんだけと」

「そうだよね。寒くなったら下水道は辛いよね」


 孤児達の感想を聞いてトレアは頷きを返した。


「成程な。では次はお前達の住処を見せてもらうとしよう」

“このまま行くのかい? 王宮を出る前にも言ったけど、君を恨んでいる人は結構いるんじゃ無いの?”

「そんな事を気にしていたら復興等出来んさ。兵も連れている、心配するな」


 トレアの言葉通り、護衛の馬車には銃を持った兵士が十名程乗っていた。

 今は屋敷を警備していた兵と共に周囲を固めている。


 持っていた銃はボルトアクションライフルで、腰に下げていた物はシングルアクションのリボルバーの様だった。

 まだオートマチックの銃器等は発明されていないようだ。


 確かに少人数なら鎮圧出来そうだが、数で押されると対処出来そうに無い。

 一抹の不安を抱えたまま悠はトレアに促され、孤児達と共に彼らの住む下水道へと向かった。




 悠達が屋敷を見分していた頃、王宮の殺風景な応接室でトレアの秘書官ロベルトは意識を回復していた。


「うぅ……なにやら不快な夢を見たな……どうして私はソファーに?将軍と孤児は何処だ?」


 ソファーから起き上がり周囲を見回す。

 部屋に人の姿は無く、自分は置いて行かれた様だ。


「まったく、いつまで一部隊長のつもりでいるのか……こまった人だ」


 トレアは現在は将軍としてロガの復興に当たっているが、経験を積む為、新兵の頃は部隊を率い自ら陣頭に立ち戦っていた。

 彼女はその部隊の気風が水に合ったらしく、司令官となった今でも自ら動こうとするきらいがある。


 ロベルトは部屋を出て目に付いた兵の一人にトレアの行方を尋ねた。


「将軍は何処だ?」

「閣下なら子供と一緒に街へ向かいました。接収した貴族の屋敷と子供が暮らしている場所を視察するとか」

「護衛は連れているのだろうな?」

「それは勿論。手すきの兵、十名程を招集されました」

「十名……最低でも二十名は連れて行けといつも言っているのに……」


 無表情な秘書官は珍しく顔を歪めると、その顔を見て委縮した兵士を置いて王宮の出口へと足早に歩き去った。

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