第64話 不思議を受け入れる素養
崩れ落ちたロベルトを見てアーニャが慌てて駆け寄った。
「あわわわ……どうしよう、あの大丈夫ですか!?」
“アーニャ、気絶してるだけだ。しかし話しかけただけで意識を失うとは思わなかったなぁ”
「何を暢気な事言ってるのよう! この人、白目を剥いてピクピクしてるんだよ!」
倒れたロベルトの様子に当初はニヤついていたトレアだったが、ワタワタと慌てるアーニャを見てため息を吐いた。
「ふぅ……仕方ない、お前達、手伝ってくれ」
トレアはソファーから立ちあがるとジョーとケインを手招きした。
「何だよ?」
「あんなに慌てられては落ち着かん。取り敢えずソファーに寝かせたい」
「……分かった。やるぞケイン」
「うん」
「アタシも手伝うよ」
トレアに続きジョー達はロベルトに歩み寄った。
ミリアもその後に続く。
「心配するな娘、この男はそんなにヤワでは無い」
「でっ、でも……」
「クククッ、おおかた自分の理解を超えた事が起きたので目を回しただけだ。こいつは超現実主義者だからな。よし、二人は足を持て」
「おう」
「分かりました」
トレアがロベルトの上半身を抱え、ジョーが右足、ケインが左足を持ち上げる。
アーニャとミリアもそれぞれ右手と左手を持ち上げた。
「クソッ、重たいおっさんだぜ」
「フフッ、お前もこいつが気に入らんようだな」
「おば……姉ちゃんもか?」
「この男は口うるさいからな、事あるごとに威厳持て、体裁を考えろと……威厳や体裁で戦線が維持出来るか!」
「姉ちゃんも苦労してんだな」
「まあな、よし、私が座っていたソファーに寝かせるぞ」
殆どの重さはトレアが引き受けていたものの、意識を失った人間を運ぶのは中々に大変だ。
孤児達は体力が落ちている事もあり、ふうふう言いながら何とかロベルトをソファーに寝かせた。
「ご苦労だった」
「おう!」
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
気絶したロベルトをアーニャが気遣う。
「……お前は優しい子だな。大丈夫だ。こいつは以前も幽霊を見たと倒れた事がある。心がガチガチで超自然的な現象を受け入れられんのだ」
“それで話しかけただけで倒れたのか”
悪夢でも見ているのか表情は苦しそうだったが呼吸は安定しており、乗った胸も規則正しく上下に動いている。
“確かに変な発作とかじゃなさそうだね。わわっ!?”
「フフッ、ロベルトがいたから我慢していたがもう遠慮する必要は無いな」
“うう……スキンシップが過剰だよ……”
諦めモードな悠を抱き上げトレアは思い切り頬擦りする。
「いい……やはり猫は最高だ……」
「本当に猫が好きなんですね……」
「ああ、大好きだ。柔らかくて仕草の一つ一つが私の心を魅了する」
トレアはうっとりと悠を撫でながら答えた。
その様子にアーニャは親近感を覚えた。
「……こんな姉ちゃんで大丈夫なのかよ」
「しっ、ジョー聞こえちゃうよ」
「ココが異常に猫が好きって言ってたけど……ホントだったんだねぇ」
アーニャとは逆にジョー達は少し呆れた様子で悠に頬を寄せるトレアを眺めた。
それに気付いたトレアは、少し残念そうに悠をアーニャに返した。
孤児達の目で多少は客観的に自分の姿を見れたようだ。
“ふぅ……”
「大丈夫ココ?」
“大丈夫、ある程度覚悟はしてたから。それじゃあ話を再開しようか?”
「うむ」
悠の言葉に頷くとトレアは壁際の椅子をテーブルの側に置き腰を下ろした。
子供達も再びソファーに座り直す。
「で、職業訓練学校だっけ? それはどんな物なんだ?」
「文字通り、仕事のノウハウを学び、戦争によって失われた職人や技術者を育成する施設だ」
“具体的にはどんな事を教えるんだい?”
「基本的な農業や工業の他に、この国独自の産業の技術を子供達に学んでもらえればと思っている。教師役は帰還したが働き口を失った者に勤めてもらうつもりだ」
「それだったら帰還兵の人たちも技術を活かせますね」
「ほう……娘、なかなかよく分かってるじゃないか」
トレアは意見を言ったアーニャに笑みを向けた。
「この街に来るまでに土木作業に携わってる人達の話を少し聞きました。皆、元の仕事に戻りたいって言ってたから……」
「そうか……私もゆくゆくはそうなって欲しいと考えている。しかし今は供給と輸送の修復を優先したい」
「わかります。道が壊れていると長距離の移動は大変ですもんね」
「まさにだ。輸送を確保せねば生産地を復旧しても需要を伸ばす事は出来ん……まぁ、その輸送路を破壊したのは我々なのだがな……」
「戦争で輸送路を破壊するのは常套手段だと聞いています。ベベルが壊したのは各地から中央へ向かう場所だけみたいですから、そこまで深刻じゃないと思います……人は一杯死んだけど……」
悠を含めた孤児たちは女将軍と対等に話しているアーニャを驚きの目で見つめた。
トレアも表情を引き締めアーニャを見る。
「アーニャだったか……お前は一体何者だ?」
「何者って唯の孤児です……」
「それにしては物を分かっているようだが?」
「お父さんに色々教わりました。お父さんは歴史の先生だったんです」
「教師か……なるほどな」
「教えがいがあるって……よく褒めてもらいました……」
“アーニャ……”
俯いたアーニャの手に悠はそっと右前足を乗せた。
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