第63話 未来を見据えて

 ロベルトに連れられ孤児たちは王宮の中を進む。

 前回、悠がトレアに連れ込まれた部屋では無く今日は一階の中庭が見える部屋に通された。


 部屋は扉の正面に大きなガラス張りの扉があり、そのまま庭に出る事が出来る様になっていた。

 そのガラス扉から陽の光が差し込み、中央の革張りのソファーと黒檀のテーブルを照らしている。

 白い壁やその壁に設置された暖炉など如何にも王侯貴族が好みそうな内観だった。


 だがそういった部屋にありそうな調度品の類は一切無く、部屋に有るのは必要な物だけだった。

 ジョーは室内をキョロキョロと見回すと残念そうに肩を落とした。


「この部屋で待て。庭に出る事は出来るが猫を放したりするな」

「いちいちうるせぇおっさんだぜ」


「……貴様には一応言っておくが、王宮に貴様が欲する物は無い。全て復興費用に変わったからな」

「クソッ、噂は本当だったのかよ」

「残念だったな。理解したなら大人しくしておく事だ」


 ロベルトはそれだけ言うと、入口の兵士に何やら指示を出すとそのまま部屋を出て行った。

 恐らくジョー達が部屋を抜けださない様見張れとでも言ったのだろう。


「チッ、マジでなんもねぇ」

「ジョー、何か盗んでも帰りに調べられて取り上げられるだけだよ」

「馬鹿だなケイン、指輪ぐらいだったら飲みこみゃ持って帰れるだろうが」


「指輪なんか食べたらお腹壊しちゃうよう」

「そうだよジョー、吐き出せなくなったらどうすんのさ。アタシらは医者に掛かるお金なんてないんだよ」

“君はもう少し思慮深く生きるべきだね”


 女の子二人と悠に責め立てられると、ジョーは唇を尖らせドカッとソファーに腰を下ろしソッポを向いた。


「わわっ……怒らせちゃったかなぁ?」

「いつもの事だよ。ジョーはさ、行動力はあるんだけど考え無しなんだ」


 ケインが肩を竦めアーニャに答える。


“よくそれでリーダーが務まるなぁ”

「仲間は絶対に守ろうとするからね……あれでも皆ジョーを頼りにしてるんだよ」

“へぇ……”

「なにコソコソ話してんだよ。お前らもサッサと座れ」


 ミリアが悠に小声でそう伝えると、それが聞こえたのかジョーはぶっきらぼうに二人を促した。

 良く見れば耳が赤い。どうやら照れているようだ。

 ジョーはまだまだ経験不足で暴力や盗み等、安易な道に進みそうになるがリーダーとして大事なモノは持っているようだ。


 仲間を駒の様に考える人間には誰だってついて行きたくは無いもんな。


 悠がそんな事を考えている間にジョーに促された孤児たちは四人掛けのソファーに並んで座った。

 革張りのソファーは大きく、子供四人が座っても十分余裕がある。

 アーニャに抱かれた悠は彼女の腕から抜け出し、彼女の膝の上に腰を落ち着けた。


 孤児たちが思い思いに視線を室内に巡らせていると、バンッと大きな音を立てて扉が開きピンクの髪の女が部屋に踏み込んで来た。


「ココ!! 戻ったのか!?」

「将軍、慌てなくても猫は逃げませんよ……どちらかというと貴女のその行動で逃げる可能性の方が高い」

「ハッ、ココはその辺にいる普通の猫では無い。いや、普通の猫も十分魅力的だが……」

「……猫の事はいいですから、少し落ち着いてください。孤児たちが呆れております」


 ロベルトに注意されると、ピンクの髪の女将軍はポカンと口を開けている孤児たちに気付き、気まずそうに居住まいを正した。


「コホンッ……ベベル共和国、ロガ方面司令官のトレア・バトラーである!」

“トレア、いまさらカッコつけても遅いよ。それに威厳とか気にしなくても大丈夫、子供達には君は猫好きのお姉さんって事で話は通してあるから”

「ぬっ、そうなのか? では威厳を保つ必要は無いな」


「将軍、猫相手に何を言っておられるのですか? それに威厳は必要です。貴女はロガ方面軍を統括する存在なのですよ」

「うるさい奴だ……とにかくロベルト、お前はもういい。外で待機していろ」

「承服しかねます。秘書官である私には貴女が彼らと何を話したか知っておく必要があります」


 ロベルトの言葉にトレアは一瞬顔を顰め、孤児たちに視線を送るとおもむろに口を開いた。


「いいだろう。ではお前は部屋の隅にでも立っていろ」

「……了解しました」


 無表情でトレアを見るとロベルトは無言で壁際に移動した。

 それを満足そうに見やるとトレアは大股で孤児たちの対面のソファーに歩き、腰を下ろすと足を組んだ。


「さて、お前達がココが話していた孤児たちだな?」

「そうだよ、おばさん」

「おばさん!? 私はまだ二十代だぞ! お姉さんと呼べ!」


「ンンッ! 将軍、どうか威厳を持ってお話を」

「クッ……それでココの話ではお前達は下水道で暮らしているそうだが?」

「ああ、アンタらが俺達の親父を殺してくれたお蔭でなぁ」


 ジョーはトレアを睨みながら答える。


「戦争だ。犠牲者はそちらだけでは無い」

「ジョー、ここに来たのは喧嘩する為じゃ無いよ」

「チッ……ココから働き口と住む場所をくれるって聞いたけど本当かよ?」


 ケインにたしなめられ、ジョーは不承不承、本題を切り出した。


「ああ、だが昨日ココが去った後に考えたのだが、お前達だけ優遇すれば他の孤児たちが不満を感じるだろう」

「何だよ! じゃあ結局、話は無しかよ!?」

「慌てるな。どうせやるならこの街全体でやろうという話だ」


“全体? 資金はどうするの?”

「それなんだが、話した様に今のままでは予算の確保は難しい。だから別の形にする事にした」

“別の形?”


 悠の問いにトレアはニヤリと口角を上げた。


「そうだ。場当たり的な物では無く、未来を見据えて展開する」

“未来を? 一体何をする気なんだい?”

「職業訓練学校を作る。この国では多くの働き手が戦争で失われた。そこで孤児達には次代を担う働き手として技術を学んでもらう。この街でそれが上手くいけばゆくゆくはロガ全体に反映するつもりだ」


“学校って……でもベベルはお金を出してくれないんでしょ?”

「ココに言った様に国の方針はロガの事はロガでやれだ。だからやれる様に働き手をつくる、私はこう見えてそれなりに力をもっているからな。ねじ込んでやるさ」


「将軍、なぜ猫に向かって今後の方針を語っているのです?」


 ロベルトは珍しく困惑した表情でトレアに問いかけた。


「クククッ、貴様にはココの話している事が分からんらしいな」

「……将軍、普通、人は猫と会話は出来ません……まさかストレスで精神に変調を?」

“はぁ……あの人もか……まぁ普通はそう思うよね”

「あっ、ココ!?」


 悠はアーニャの膝から降りると、顎に手を当て何やら考えていたロベルトに歩みよった。


「なんだ猫? 大人しく座っていたまえ、私は精神科医の選定を考えねばならんのだ」


 ロベルトの言葉を無視して肉球でブーツの先に触れた。

 それによりロベルトの体が淡い光を放つ。


「何だこの光は!?」


 慌てるロベルトをトレアとジョーはニヤニヤと、ケイン達は少し不安そうに見つめていた。


「一体何が?」

“どうも中佐、僕はココ、よろしくね”

「猫が言葉を!? ……そんな…あり得ん……」


 ロベルトは理解の範疇を超えたのか、瞳を小刻みに揺らすとそのまま膝から崩れ落ちた。

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