第62話 風呂好きな猫

 シャワーを浴びて石鹸を使い体を洗うとジョー達の体から汚れが排水溝に流れて行った。

 髪を洗い、その流れでゆうも泡塗れにされる。

 シャンプーやリンスなどは無かったので多少毛が軋んだが、ぬるめのお湯はとても心地良かった。


“ふぅ……やっぱりお風呂はいいね”

「風呂好きの猫なんて聞いた事ねぇぜ」

“猫なのは今だけだからね。それより二人とも随分汚れていたんだなぁ”

「孤児になってからお風呂に入るなんてしてなかったからね。石鹸を買うぐらいならパンを買ってたんだよ」

“そう……”


 悠達が風呂から上がると更衣室には服を抱えた曹長が待っていた。


「ちゃんと体は洗えたようだな。では体を拭いたらこれに着替えろ」


 下着やソックスの他に薄い緑色のワイシャツに濃緑のネクタイ、少し濃い緑のハーフパンツとベスト。

 全て着ると小さな軍人が出来上がる。


「これを着るのかよ。俺たちゃベベルの人間じゃないんだぜ」


 ジョーが服を用意した曹長に不満を漏らす。


「仕方無いだろう。ここには儀式用に作った物しか子供用の服はないんだ」

「だったら自前の服でいいじゃねぇか」

「あんな薄汚れた服をまた着るなら、わざわざ風呂に入った意味が無いだろうが。それよりさっさと着替えろ」

「チッ、分かったよ」


 ジョーは不満を漏らしながら用意されたタオルで体を拭き、真新しい服に袖を通した。

 ケインは自分の事を後回しにして、水浸しになった悠をタオルで拭いていた。


「変わろう。お前は早く体を拭いて着替えなさい」

「はい、分かりました」

「うむ、やはりお前は聞き分けが良いな」


 曹長はケインからタオルを受け取るとチラリとジョーに視線をやった。


「ケッ、どうせ俺は素直じゃねぇよ」

「ハハッ、お前の様な者は新兵の中には結構いるよ……どこの国でも子供は変わらんものだな」

「子供扱いすんな!」

「ハハッ、本国でも子供はいつもそう言う」


 曹長はジョーの言葉を聞いて笑みを浮かべながら、ゴシゴシと悠の体を拭いた。

 今、季節は秋の終わりぐらいだろうか。水浸しでは流石に寒さを感じるから丁寧に拭いてもらえるのは悠にとっても有難かった。


「大人しい猫だな。お前達が飼っているのか?」

「ココはアーニャが連れていた猫だよ」

「アーニャ。女の子の猫か……それにしてもまったく嫌がらないな……軍用犬でも訓練前は嫌がる犬もいるのだが……」

「そいつは普通の猫じゃねぇからな。気を付けな、悪魔かも知れねぇからよぉ」


 悪魔かもと言ったジョーの言葉で曹長は悠をまじまじと見つめた。


“僕は悪魔なんかじゃないよ”


 悠は曹長を見上げるとジョーの言葉を否定した。

 上目遣いで鳴く猫に曹長の表情が自然と緩む。


「フッ、大人を揶揄うな。ただの人懐っこい猫じゃないか」

「ちぇッ、ココの奴、猫かぶってやがる」

「ジョー、ココは悪魔なんかじゃないよ」

「分かってるよぉ……クソッ、ネクタイなんて着けた事ねぇぞ」

「貸せ」


 ネクタイに苦戦していたジョーを見かね、曹長は拭き終えた悠から離れ二人のネクタイを結んでやった。

 曹長は見た目は眼光の鋭いマッチョな軍人だが面倒見は良いようだ。


「これでよし。ふむ、二人とも中々様になっているじゃないか」


 曹長の言葉通り、体を洗い糊の利いた服を着た二人は孤児とは思えなかった。


“うん、二人ともカッコいいよ”

「うるせぇよ」

「あの、ありがとう」

「これも任務だからな。気にする事は無い。お前達の服は帰りにまとめて返してやる」


 礼を言ったケインに曹長は微笑みを浮かべ、不満そうなジョーには苦笑を返した。


「では行くぞ。ついて来い」


 用意されたブーツを履き曹長と共に受付へと戻ると、少し遅れアーニャ達もタニアに連れられ受付に戻って来た。

 二人とも汚れを落としジョー達と似た軍服に着替えている。


“二人とも綺麗になったね。なんだか髪もツヤツヤしてるし”

「えへへ、タニアさんが髪用の油を塗ってくれたんだ」

「久しぶりに髪を洗えてスッキリしたよ……ティムも連れてくるんだった」


“ティム? 一緒にいた子だね”

「ああ、弟だよ」

“……交渉が上手くいけばあの子もすぐに綺麗になるさ”


 悠と話している二人を見て、曹長とタニアは最初の時と同様、不思議そうに首を傾げた。


「お前達はその猫と話でもできるのか?」

「えっと、それは……」

「普通の猫じゃねぇって言ったろ」

「確かに聞いたが……」


「終わったのか?」


 受け付けで話していた曹長にロベルトが声を掛ける。

 すると曹長たちは踵を打ち鳴らし直立不動で敬礼をした。


 ロベルトはそれに反応する事無く、カツカツと黒いブーツを鳴らして孤児たちに歩み寄ると満足気に頷く。


「ほう、あの汚い子供が見れる様になるものだな。二人ともご苦労だった。職務に戻ってくれ」

「「ハッ!」」


 ロベルトは二人に敬礼を返すと孤児たちに視線を向けた。


「それでは将軍と面会してもらう。彼女は現在この国の実質的な指導者だ。分かっているとは思うが何かしよう等と考えるなよ」


「言われなくても何もするつもりはねぇよ」

「よろしい。ではついて来い」


 ロベルトは身をひるがえすと返事も聞かず出口に向かった。


“じゃあ、行こうか”

「おっ、おう」

「あっ、あの、綺麗にしてくれてありがとう」


 アーニャがタニアに頭を下げると、曹長とタニアは口元だけをほころばせた。

 それを見たタニアは嬉しそうに微笑むと孤児たちの跡を追ってその場を後にした。

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