第61話 孤児と軍人
翌朝、
悠がいた為か昨晩は鼠や虫に悩まされる事無く、孤児たちはグッスリ眠る事が出来たようだ。
しかし一晩過ごした悠の感想としては、やはり下水道が居心地がいいとは思えなかった。
トレアが用意すると言った貴族の屋敷。
それがどんな物かは知らないが下水道より悪いという事は無いだろう。
孤児たちの健康の為にはさっさと移った方が良さそうだ。
それにこの街の家を持たない孤児はアーニャ達だけは無い。
アーニャ達がモデルケースとなり他の孤児たちも屋根の下で暮らせるようになるなら、悠の行動はミッションクリアー以上の意味を持つだろう。
そんな事を考えて歩く内、一行は王宮の門に辿り着いていた。
「何度見てもやっぱり怖いね」
「だね。あの大砲がいつ撃たれるかってアタシも思うちゃうよ」
「ビッ、ビビってんじゃねぇよ。あんなもん飾りだぜ」
城壁の上に並ぶ大砲に、孤児たちは一様に気後れした様子を見せていた。
「なんだかおっかないね……ココ、本当に大丈夫?」
“うん。アーニャ、門の前の兵士さんに名前とトレアに会いに来たって事を伝えたくれるかい”
「ゴクッ……分かったよう」
アーニャは唾を飲み込むと、気持ちを奮い立たせゆっくりと兵士の一人に近づいた。
「あの……」
「何だ、ここは子供の来る所じゃないぞ」
兵士は特に威圧も何もしていなかったが、手にしていたライフルと鉄のヘルメットによって影の落ちた目元が幼いアーニャに恐怖を与える。
悠はそんなアーニャの肩に飛び乗ると優しく囁いた。
“怖がらなくても平気だよ。君には僕がついてる”
「うっ、うん……あの、私はアーニャです! 将軍のトレアさんに会いに来ました!」
「アーニャ……お前がそうなのか? 金髪に青い目……ハチワレソックスの猫……確かに命令の通りだな。よし少し待て」
兵士は同僚に声を掛けると門の奥へと去っていった。
しばらくすると黒髪で丸眼鏡の男を連れ再び門の前に戻って来た。
「ふむ、将軍の言っていた孤児というのはお前達か……まったく、何処で顔を繋いだのか」
「あの、トレアさんに会わせてもらえますか?」
「命令であるから面会はしてもらうが……お前達、臭うな」
「仕方ねぇだろ。俺たちゃ満足に風呂に入れるような生活してねぇんだからよ」
「だろうな……ついて来い。会う前に風呂に入ってもらう」
「風呂!? 何でだよおっさん!」
男は声を上げたジョーに冷めた目を向けた。
「職場にノミやシラミを持ち込まれては叶わん。それに臭くて不快だ。ついでだ、その猫も洗う様に」
「臭いのはお前らが俺達の親を殺したからじゃねぇか!」
「我々に戦争を仕掛けたお前達の国王を恨め。我々は降りかかる火の粉を払い、後顧の憂いを絶っただけだ」
「クッ……」
「他に何か言いたい事がある者はいるか? ……いないようだな。よろしい。ではついて来い」
男の後に続いて孤児たちは恐る恐る王宮に足を踏み入れた。
「おい、このおっさんは俺達の事、気に入らねぇみたいだけど大丈夫なのかよ?」
ジョーがアーニャに抱かれた悠に囁く。
“多分ね。王宮に入るのは大勢の人が見ていたし酷い事はされないよ”
「ココがそう言うなら大丈夫だね」
「アーニャ、ココは確かに不思議な力を持ってるけどよぉ、それでも猫だぜ。なんでそこまで信用出来んだ?」
「何で……ココはこの街に来て一人ぼっちで死にそうな時、ずっとそばにいてくれたから……」
「アーニャにとってココは本当に守ってくれる騎士様なんだね」
「うん!」
男は囁きあう孤児たちを気にした様子も無く、彼らを王宮の庭園に造られた施設へ導いた。
扉を開け敬礼した兵士に声を掛ける。
「この者たちを風呂に入れろ。女児もいるからそちらは手すきの女性兵に対応させろ。それとその猫もよく洗う様に」
「ハッ!」
兵士に敬礼を返しロベルトは孤児たちに向き直る。
「聞いていた通りだ。彼が風呂に案内してくれる。私は終わるまで待っているから手短に済ませるように」
「チッ、偉そうなおっさんだぜ」
「貴様、言葉を慎まんか!」
口の悪いジョーに鋭い目のマッチョな兵士が声を荒げる。
金髪を短く刈り上げた如何にも軍人といった兵士の声にアーニャ達はビクッと体を震わせた。
丸眼鏡の男はそんな兵士に感情無く言葉を掛ける。
「この者達は孤児だ。満足な教育も受けてはいない。口の利き方ぐらい大目に見てやれ」
「了解です中佐殿! ではついて来い!」
兵士は孤児たちを促しロビーの奥の受付の奥に声を掛ける。
「タニア軍曹はいるか?」
「何ですか曹長?」
受け付けの奥から栗色の髪を纏めた眼鏡の女性が顔を覗かせる。
「この二人を女子棟の風呂に案内してやれ」
「その子達を? 誰なんです?」
「さあな。ロベルト中佐が連れて来た。どうやら孤児らしい」
「孤児……なんで孤児が本部に」
「分からんよ。だが中佐が直々に動いているんだ。将軍の指示なんだろうさ」
「将軍の……分かりました」
タニアは受付から出て来るとアーニャ達を手招きした。
「こっちよ。二人ともついて来て」
「皆一緒じゃないのぉ?」
「アーニャ、アタシも一緒だから」
「うっ、うん……」
アーニャはミリアと顔を見合わせると、頷き合ってタニアに歩みよった。
悠はそんなアーニャの腕から抜け出すとジョーとケインの側に駆け寄る。
「ココ!?」
“僕は男だからね。一緒にはいけないよ”
「そんなぁ……」
“アーニャ、心配しなくてもその女の人は何もしないさ。軍隊では上官の命令は絶対だからね”
「うぅ……分かったよう」
曹長とタニアはアーニャと会話している様に見える悠を不思議そうに見つめた。
「変わった猫だ……とにかくお前らはこっちだ。ついて来い」
曹長に連れていかれた先は大きなシャワールームだった。
更衣室の先、タイル張りの室内に金属のパイプで出来た武骨なシャワーがズラリと並んでいる。
「自分で体は洗えるな?」
「当たり前だろ。俺たちゃ赤ん坊じゃねぇんだ」
「まったく口の悪いガキだ……服も大分汚れているな。そっちも用意してやるからお前達は自分の体と猫を洗っておけ」
「分かりました」
「お前は聞き分けがいいな。お前達の服はそのまま置いておけ。洗濯に回しておく」
「ありがとうございます!」
笑みを浮かべたケインに曹長はニヤリと笑った。
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