第60話 話し合い

 下水道の奥、ジョー達のねぐらは汚水が合流する大きな流れの真ん中、橋で結ばれた中州の様な場所に作られていた。

 薄暗いランプの光の中で木箱を並べたベッドや廃材で作った仕切り等、孤児たちはそれぞれのスタイルで暮らしている様だった。

 こだわりの無い者は床にそのまま毛布を敷いて寝床にしている。


 その中州の中心で悠は中央の木箱に乗り、子供達とトレアに提案について話していた。


「働ける場所があるの!?」


 ケインは嬉しそうな声を上げた。


 下水道に戻ったゆうは始めに下水道の孤児たちのリーダー、ジョーにベベルの将軍トレアと会えた事を伝えた。

 その後、下水道の孤児たち、総勢二十名程に光を放ち意思の疎通が出来る様にした。


 その際、体調を崩していた者達が回復したので天使だと妙に懐かれてしまった。

 勿論、孤児の中にはやはり悪魔だと怯える者もいたが……。


“うん、えーと、木材加工場とネジ工場、それと製粉所の下働きだったかな”

「ケッ、下働きなんてしても大した金にはならねぇよ」


 ジョーは悠の話が気に入らなかった様だ。


“でも、トレアは貴族の屋敷を開放してくれるって言ってたよ。ここよりは住みやすい筈さ”

「フンッ、そもそも俺達がこんな暮らししてんのはベベルが俺達の親を殺したからなんだぜ!」


 ジョーがそう言うと孤児の中には彼に賛同し頷く者もいた。


“確かにその通りだ。でも君の親もベベルの兵士の誰かを殺したかもしれない……恨むべきはベベルじゃ無くて戦争を始めた奴だと思うけど……”


「チッ……」


 ジョーは不満気に悠から顔をそむけた。

 これまでの経験から彼の気持ちも悠にはよく分かった。


 戦場での功績により英雄になったクリス。

 その彼に婚約者を奪われ復讐しようとしたキーラ。

 戦いは憎しみを生み、それは延々と続いていく。


「ココ、どうしたの?」

“なんでもないよ”


 思い出に意識を奪われた悠にアーニャが心配そうに声を掛けた。


 悠自身の思いがどうであっても、今回のミッションは彼らを救う事だ。

 モヤモヤはひとまず棚上げしてここから彼らを移すのが先決だろう。


 体調を崩していた者がいた事からも分かる様に、下水道は人が生きる様には出来ていない。

 ネズミに齧られれば病気になるし、汚水が流れる場所の近くで暮らし続けるのは彼らにとって良い筈が無い。


“ジョーは気に入らないみたいだけど皆はどうしたいんだ?”

「僕は働けるならそっちに行きたい。兵隊のお使いでずっと生活するのはやっぱり無理だと思う」


 一番にケインが声を上げた。


「あの……アタシもそっちがいい。ネズミや蜘蛛と一緒の生活はもううんざりだもの」


 青い髪の少女がケインの言葉に続く。

 彼女は先程まで寝込んでいた同じく青い髪の幼い少年を見ながらそう口にした。


“他に何かあるかな?”


「下働きってのはどういう待遇なんだ? 働きゃいつか独り立ち出来んのか?」

“そこらへんは明日、代表者をつれてトレアに話を聞きに行こうと思ってる。待遇に折り合いがつかなきゃ話し合いだね”

「将軍様の提案次第って訳か……」


 緑色の髪の少年は年齢に似合わない皮肉な笑みを浮かべた。


“どうかな、取り敢えず話だけでも聞いてみない?”

「話を聞くだけなら俺はいいと思うぜ。気に入らなきゃここで暮らせばいい」


 緑髪の少年は中州の手すりに背を預けクールに答える。

 悠はそのさまを見ながら、やっぱりこういうキャラもいるよなと好きなアニメの事を思い浮かべた。


「ねぇ、働かないと屋敷には住めないの?」

“ベベルもロガの復旧で予算が厳しいみたいだから、君達の生活費や屋敷の維持費なんかは出せないみたいだよ”


「お宝を売った金はどうしたんだよ?」

“それも復旧費用に充ててるみたいだ”

「……はぁ、せちがれぇなぁ」


 青い髪の少女との話に割って入ったジョーは残念そうに項垂れた。


“君、もしかして王宮から盗もうなんて考えてないよね?”

「少年怪盗ジョーのデビューになるかと思ってたんだがな……」

“君ねぇ……そんな事したら屋敷に住めなくなるだろ。リーダーなんだからもっと皆の事考えてよね”

「クッ……猫に説教される日が来るとはな……」

“カッコつけても駄目だよ。さて、それじゃあ取り合えず話を聞くって事でいいかな?”


 悠の言葉に半数以上は頷きを返した。

 返さなかった者は話の内容を理解出来なかった幼い者と悠を悪魔だと思っている者、ジョーの様にベベルに恨みを抱いている者達だった。


“それじゃあ明日王宮に話を聞きに行こうか? 代表者は……取り敢えずリーダーのジョーとアーニャは絶対だね”

「私!?」

「ああ? なんでコイツが?」


“トレアにアーニャの容姿を伝えちゃったから、彼女が行かないと中に入れないよ”

「えぇ!? ベベルの将軍様なんだよね? ……なんだか怖いよぉ」

“怖がらなくても大丈夫。猫が異常に好きなだけのお姉さんだから”


 悠の言葉にアーニャは一瞬キョトンとした後、笑みを浮かべた。


「猫ちゃんが好きならあんまり怖くないかも……」

「俺も行かなきゃ駄目なのかよ?」

“君はリーダーだろう?”

「嫌なら俺が行ってもいいぜ」

「クライブ……チッ、分かったよ。行きゃあいいんだろ」


 緑髪の少年クライブの言葉でジョーは不承不承頷いた。


 どうやらジョーとクライブはライバル関係に有る様だ。

 なんかいいなぁと悠は二人を生暖かい目で見つめた。


「なんだよ?」

“いや、なんとなく青春だなぁと思ってさ。えっと、あと行きたい人はいる?”

「僕も行っていいかな?」

「あっ、アタシも」


 ケインと青い髪の少女が手を上げた。


“四人か……こんなものかな。それじゃジョー、アーニャ、ケイン……と君は?”

「アタシはミリア」

“じゃあミリアの四人で明日王宮へ行こう。他の皆もそれでいいかい?”


 悠の問いかけにまばらな返事と頷きが返された。


 恐らくトレアと交渉し彼らが安全に暮らせる場所を確保する事が出来ればミッションはクリアーの筈だ。

 今回はまだ死んでいないし、結構順調だぞと悠は心の中で喝采を上げた。

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