第58話 ココと将軍

 ピンクの髪の女が求めていた将軍だと分かり、ゆうは話を切り出そうと口を開きかけた。

 そんな悠をトレアが右手を上げて制す。


「ココ、話を聞く前に一つ頼みがある」

“何? ……もう吸うのは勘弁して欲しいんだけど”

「うっ、吸われるのは嫌か……では膝に乗ってくれないか?」


“……乗るだけだよ。捕まえようとしたら逃げるからね”

「分かっている。さぁ、早くここへ」

“……何でこういう時ばっかりモテるんだ”


 トレアは軍服に包まれた太腿をパンパンと叩き悠を促した。

 ニコニコと笑うトレアにため息を吐きつつ、彼女の鍛えられた膝の上に乗る。


 膝の上に乗った悠を満足そうに撫でながらトレアは口を開いた。


「それで、話とは何だ?」

“くっ、首は止めて!落ち着いて話せなくなるから!”

「そうか……気持ちよさそうだったがなぁ」


 少し残念そうに唇を尖らせ、女将軍は悠の背中を優しく撫でた。


“はぁ……話っていうのはこの街の孤児たちの事なんだ”

「孤児か……気になってはいたが、そちらにはまだ手は回せていないな」

“僕の知ってる子達は下水道で暮らしてる。一応食事にはありつけてるみたいだけど、衛生的にも彼らの将来の為にも場所を用意すべきだと思うんだ”


 悠の言葉を聞いたトレアは撫でる手を止め、右手を顎に当てた。


「ふむ……しかしなぁ、この街はそれ程戦火に曝されなかったが、他の場所は戦闘で農地や交通網が破壊されている。まずはそちらに注力せんと復興もままならん」

“復興って言ってもそれを将来使うのは子供達だよ。彼らに恩を売っておくのは為政者として都合がいいんじゃないの?”


 トレアは悠をまじまじと見た。


「……ココ、これは本当にお前が喋っているのか? やはり私の脳が創り出した幻聴では……」

“それはもういいから”

「そうか……すまん、猫が支配地域の未来まで語るとは思えなくてな……確かに孤児たちをぞんざいに扱えば反乱の芽を作り出すかもしれんな」


 トレアは形のいい顎の先を親指でこすりながら、しばし考えを巡らせる。


「そうだな……処刑した貴族の屋敷が幾つか空いている。住処はそれでいいとして問題は金だ。王や貴族の財産は没収したがそれは復興に使いたい。本国に予算を請求する手もあるが余りいい顔はされんだろうな」

“どうして?”


「いかに孤児の為とはいえ、ベベルを差し置いて敵国に優先的に金を回すのは国民が納得しない。戦争には勝ったがこちらも無傷だった訳ではないからな」

“そうか……”


 ジョー達から聞いた話ではベベルはかなり優勢に事を進めたようだが、戦争であれば戦死者だって出るだろう。

 その死んだ者にも家族はいた筈で……。


「本国の方針はロガの事はロガでやれだ。無論、予算は回してくれるがそれも余り潤沢とは言えん」

“うーん……じゃあこういうのはどう? 今は国内のインフラ整備をしてるんだよね?”

「まぁそうだが?」


“じゃあ、資材は大量に必要になるよね”

「無論だ」

“それを子供達に作ってもらうのはどうかな?”

「ふむ……」


 女将軍は悠を抱き上げると椅子を離れ、壁を埋めているファイルの一つを手に取った。


“あの……資料を見るんなら下ろしてもらった方が”

「嫌だ」


 トレアは悠を片手に抱いたまま、ペラペラと器用にファイルをめくる。


「……木材加工場とネジ工場……あとは製粉所ぐらいか」

“働き口があるの?”

「働き口は山ほどあるさ。しかし子供が働けそうな場所でねじ込めそうなのはその三つぐらいだな。それも下働きでだ」


“下働きかぁ……でも働けそうな場所はあるんだね?”

「指示を出せば嫌とは言えんだろう。だが役に立たなければ辞めてもらうぞ。慈善事業をしている余裕は今はないのでな」

“了解だ。じゃあ子供達と話して来るよ”


 悠がそう言って腕から抜け出すとトレアは少し悲しそうな顔をした。


「もう行くのか?」

“そんな顔しなくてもまた来るよ。そうだ、今度は子供達の代表を連れて来ていいかい?”

「分かった。私の名前を言えば面会できる様に部下に話しておこう」

“子供の一人はアーニャ、金髪で青い目の女の子だ。他は誰になるか分からないけど……”

「アーニャだな。それも部下に伝えておく」


 頷きながらトレアは二階の窓を開けた。


「ここからその木の枝まで飛べるか?」

“うん、このぐらいならいける筈”

「そうか……なぁ、この窓は開けておくからいつでも来ていいぞ」


“君、ホントに猫が好きなんだねぇ”

「ああ好きだ! 動物は大体好きだが猫は特に好きだ!! ……だがロガに来てからはあいつの所為でまったく触れ合う事が出来なかったのだ!!」


 拳を震わせトレアは叫ぶ。


“あいつって?”

「将軍!? 何事ですか!?」

「マズイ!? ココ、早く行け!」

“えっ、何々!?”

「いいから早く! 奴に知られると色々マズイのだ!」


 悠はトレアに追い出される形で窓から飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る