第52話 歌と踊りとパンケーキ
アーニャは赤ら顔の男を見返すと何度か深呼吸をした。
それから、か細い声で歌い始める。
「おおきなお日さま まいにち のぼる
わたしはまいにち おみずを あげる
ちいさなめぶきがゆたかにみのり
わたしの日々は すぎてゆく」
痩せた小さな体は懸命に歌を紡いだ。
恐らく故郷の歌なのだろう。それは素朴で暖かい生活の様子を描いた歌だった。
踊るといっても悠はゲームとアニメと漫画とラノベ好きなオタクだ。
ダンスはアニメキャラが踊っているのを真似た事があるぐらいだ。
リズムがまったく違うがそこは動きのスピードで無理矢理合わせた。
殆どうろ覚えのダンスを悠は必死で踊った。
「ねっ、猫ちゃん……」
アーニャは悠が踊り出した事で一瞬歌を止めたが、悠が踊りながら歌えと促すと戸惑いつつも歌を再開した。
「ハハッ、こりゃ凄い! おい見ろよ、猫が踊ってるぞ!」
「あん? 猫が? どれどれ……へぇ、こいつは……よく仕込んだもんだ」
「何だよ。俺にも見せろよ」
男が声を掛けると別のテーブルで飲んでいた客たちも悠達を見る為、集まり始めた。
それは通りを歩いていた他の者達も呼び寄せる。
「猫の踊りも面白いが、お嬢ちゃんの歌も素朴でいいな」
「ああ、田舎を思い出すぜ……お袋元気かなぁ……」
「やだぁ、猫が踊ってる!! 可愛い!!」
僅か五分程の間だったが場は盛り上がり、チョコンとお辞儀をしたアーニャと悠に惜しみない拍手とそれなりのおひねりが飛んだ。
歌が終わった後、人々はテーブルもしくは通りに戻って行った。
素人の歌と下手な踊りにしては上々の成果だろう。
悠は地面に落ちたおひねりを集め、せっせとアーニャの下へ運んだ。
場が落ち着いた後、最初に声を掛けた男がアーニャに歩み寄る。
「嬢ちゃん、それと猫。中々面白い見世物だった」
ニヤリと笑いながら男は銀貨をアーニャに差し出す。
「えっ、こんなに……そんな貰えません!」
「酔っぱらいの気まぐれだ。いいから取っとけ……嬢ちゃん、色々あるだろうが腐らず笑え。じゃあな」
男はアーニャの手に銀貨を握らせるとテーブルに戻って行った。
「猫ちゃん、どうしよう。こんなに沢山お金持ったの初めてだよう……」
手の平の銀貨と悠が集めた足元の銅貨を交互に見ながら、アーニャは不安そうな様子を見せた。
“とりあえず、お金をしまおう。街にはいい人間もいれば悪い人間もいるからね……ジャスチャーが難し過ぎるな”
悠は前足で金を仕舞うようアーニャに伝えた。
「えっと、しまう? ……そっ、そうだね。とにかくお財布に入れよう」
悠の意図を読み取ったアーニャは鞄から小さな袋を取り出し、銀貨と銅貨を袋に入れた。
そのまま鞄に袋を入れようとしたので、悠は腹を叩き懐にしまい込む様に伝える。
「ん? おなか……おなか減ったの? 違う……んー。あっ、分かった! お金は大切だから鞄じゃなくて自分で持てって事だね!」
“そう、それ! ……ふぅ”
アーニャが袋に紐を付け首から掛けるのを見ながら悠は次の行動を考える。
一番いいのは宿に泊まる事だがこの世界における貨幣価値が分からない。
まずは食べ物を買うのがマストかな。
先程の銀貨があればさすがに一食分は賄える筈だ。
“アーニャ、まずは食事を取ろう。ソーセージだけじゃ足りないだろう?”
食べる仕草をしてアーニャを指差す。
「ご飯をたべる? わたし……お金も貰えたし猫ちゃんもおなか減ったよね。あんなに踊ってたもん」
“そういえば少しお腹は減ったなぁ……猫は何を食べちゃ駄目なんだっけ……玉ねぎ…だったかな?”
「よし、それじゃあ……」
アーニャは小さな鼻をスンスンと鳴らした。
大通りの露店は仕事帰りの客を狙ってか様々な店が美味しそうな匂いを漂わせている。
「あっ、あれがいい! 行こう猫ちゃん!」
駆け出したアーニャを追って悠は大通りを走った。
辿り着いた屋台は甘い匂いをさせていた。
「あっ、あのください!」
「いらっしゃい! どれにする? プレーン、野イチゴのジャム、ハチミツ。あとはハムとチーズだね」
「えっと、えっと……じゃあ、ハチミツで!」
「はいよ。銅貨二枚ね」
「はい、お願いします」
「ほい、確かに。すぐに焼きあがるから座って待ってな」
アーニャは店主の女性が示した椅子にちょこんと腰かけた。
バターと小麦粉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。
「はい、お待たせ。熱いから気を付けて食べるんだよ」
店主の女性は屋台から出て木皿に乗せた黄色いパンケーキの様な物をアーニャに手渡した。
皿には木のフォークが添えられ、パンケーキにはハチミツがたっぷりかけられていた。
「ふわぁ……どうもありがとう!」
「まいどどうも……この子はアンタの猫かい?」
「ううん、この子は今日会ったばかりで……なんだか助けてくれてるんです。それにとっても賢いんです」
「へぇ、猫が助ける……ちょっと待ちなよ」
女性はそう言うと屋台の裏に回り木皿を悠の前に置いた。
「猫は熱いの食べられないからね……こっちをお食べ」
皿の上には何も掛かっていないパンケーキが乗せられている。
「売れ残りで冷めちまった奴だけど、丁度いいだろ?」
「わっ、ありがとうございます!」
“ありがとう。おばさん!”
「あぁ? なんか今失礼な事言われた気がしたねぇ……」
女性は鋭い目で悠を睨んだ。
おっ、おかしいな。言葉は通じていない筈なのに……。
“あっ、ありがとう、綺麗なお姉さん”
「ん?今度はなんだか褒められた気がするねぇ」
何だろう。この勘の良さは……。
やはり女性特有の女の勘という奴だろうか。
「まぁ、いいや。それじゃあごゆっくりどうぞ」
二人は店主を見送ると顔を見合わせると微笑みを交わし、同時にパンケーキにかぶりついた。
美味しそうにケーキを頬張るアーニャを見つめている目がある事に、アーニャは勿論、悠も気付いてはいなかった。
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