第51話 猫の体はもどかしい

 ゆうがソーセージを咥え路地裏に戻った時、アーニャはうずくまったまま足を投げ出し眠りに落ちていた。

 疲れていたのだろう、冷たい石畳の上にも関わらず熟睡しているようだ。


 毛皮がある為、この体はそれ程寒さを感じないが人の、それも幼い子供であればこのままここにいると凍死もあり得る。

 悠は彼女の膝の上に座って起きるのを待つ事にした。

 咥えていたソーセージは申し訳無いが彼女の膝に置かせてもらう。


 それから三十分程してアーニャはブルっと震えて目を覚ました。


「……眠っちゃってたんだ……猫ちゃん……ん、これは?」


 アーニャは悠が膝に置いたソーセージを持ち上げ小首を傾げる。


“お腹が空いているんだよね? いいから食べてよ……一応洗ってから食べてね”

「なあに?……もしかして私の為に盗んで来たの?」


 アーニャの問い掛けにブンブンと首を横に振る。


「違うの? ……誰かが猫ちゃんにあげたのかな……じゃあこれは猫ちゃんの物だよ」


 アーニャはソーセージを悠の口元に差し出した。


“いいから食べるんだ! 君、ガリガリじゃないか!”

「わわっ……怒ってるの?」


 言葉が通じないとここまで不便なのか……事務員め、なんで猫なんだよ。

 仕方ない、ここはジェスチャーで……。


 悠はアーニャから降りると路地に座り、お尻でバランスを取りながら両前足を持ち上げガブガブと口を動かした。


「……君は本当に猫なの? まるで人間みたい」

“感心してないで食べておくれよ……いや、待てよ。空腹の時にいきなり物を食べると胃が受け付けないって聞いたな……”


 今度は一口食べては口を放し咀嚼する仕草にジェスチャーを変える。

 そしてジェスチャーの後にアーニャを指差した。


「……これを食べろって言ってるの?」


 問い掛けに頷きを返す。

 アーニャはソーセージを見てゴクリと唾を飲み込んだ。


「ホントにいいの? 食べちゃうよ?」


 頷きながら、ゆっくり食べろとジェスチャーを繰り返す。


「……ゆっくり?」


 伝わった事に喜びを感じながら悠は深く頷いた。


「じゃ、じゃあ、いただきます」

“あっ、洗ったほうが……”


 アーニャ―に悠の忠告は届かず、彼女の小さな口はソーセージの端を齧り取った。

 悠の指示通り、含んだ肉を何度も噛みしめてから飲み込む。


「ふわぁ……美味しい……」


 余程、美味しかったのかアーニャの顔が喜びに満ちる。


「ありがとう、猫ちゃん。もう何日も食べていなかったから、とっても美味しいよ」

“そう、それはよかった。それで、君の状況を……クッ、何て不便なんだ”


 憤った悠を不思議そうに眺めながらアーニャはソーセージを半分程食べ、残りを鞄に詰め込んだ。


「残りは明日の分、半分コしようね」

“半分コか……”


 クリスの事を思い出し、少し暖かい気持になる。

 気分が上向きになった所で悠は今後の行動を考えた。


 このまま路上で眠るのはアーニャにとって厳しい筈だ。

 しかし宿に泊まるにもお金が必要だし、どうするべきか……。


 つくづく獣の身である事が疎ましい……待てよ、獣……猫……サーカス……芸!!


 そうだ! 猫が何か突飛な事をすればお金を稼げるかもしれない。


“アーニャ、立てるかい? 通りへ出よう”

「なあに、猫ちゃん?」


 悠はアーニャの袖を噛むとクイクイと引っ張った。


「何処かに行きたいの?」


 問い掛けに頷きを返し尻尾を振る。


「わかった……よいしょ……」


 アーニャは壁を支えにして辛そうに身を起こした。

 心が痛むが彼女がいないと人は金を出してくれないだろう。


 悠はアーニャの歩みに合わせ振り返りつつ彼女を大通りへと導いた。

 通りは昼間とは違い、買い物の露店では無く飲食店に様変わりしていた。

 店は酒も提供しているようで早々と酔っぱらっている者もいた。


 これは都合がいいかもしれない。

 酔っぱらいなら、芸を見て面白がってくれる者もいる筈だ。


 悠は少しふらついているアーニャを気遣いながら、酔っぱらいに近づいた。


“ねぇ、おじさん”

「なんだぁ……猫じゃねぇか、餌でも欲しいのか?」


 露店の椅子に腰かけ飲んでいた赤ら顔の男の問い掛けに、悠は右前足を上げ首を振った。


「……ちがうのか? じゃあ何だよ?」

“今から芸をするから、面白かったらお金を頂戴って……通じないんだった”


 両前足を組んで悩み始めた悠を見て男はアーニャに声を掛ける。


「変わった猫だな。嬢ちゃんの猫かい?」

「えっ、いいえ、この子とはキャッ!?」


 否定しようとしたアーニャに飛び付き言葉を止める。

 驚いているアーニャを他所に悠はそのまま肩に登ってアーニャの顔に頬を寄せた。

 少し照れ臭いがそんな事を言っている場合では無い。


「随分懐いているな……」


 そう言うと男は目を細めアーニャと悠を眺めた。


「見た所、嬢ちゃんは孤児だろう、違うか?」

「……はい」

「ふむ、金を恵んでやってもいいが、ただというのもつまらんな。なにかやってくれ、面白かったら金を払おう」

「何かですか……」

「おう、何でもいいぞ」


 男は笑みを浮かべるとジョッキの酒を美味そうに酒を呷った。

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