第48話 山猫は帰りたい
観客に応えていた
視界からはクロスヘアの先に銃を持った男達が映し出されていた。
体勢は匍匐、グリップを握る右手には確かな重みが掛かっている。
場所は何処かの施設の屋上の様だ。
天気は快晴、風はほぼ吹いていなかった。
「……スナイプ……かな?」
「何だ、何か言ったか?」
「標的は誰?」
「誰だって? 何を言ってるんだ、打つのは起爆装置だろ?」
隣でスコープを覗いていた男はそう言うと正面を指差した。
巨大な塔の様な建造物が開けた土地にポツンと立っている。
「アレは……?」
「何言ってんだよ。今回の護衛対象だろ……大丈夫か? 緊張でイカれたか?」
少し笑いを含んだ声で男は答えた。
「ああ、ごめん。君の言う様に少し緊張してるみたいだ……落ち着く為に作戦内容をもう一度言ってもらえないかな?」
「うぉ……冗談だったんだがマジかよ……お前でも緊張すんのな……護衛対象は打ち上げ間際のロケット“ロデオ・フォー”乗組員は搭乗済みだ。今回はロケットの外壁に取り付けられた爆発物、その起爆装置がターゲットだ」
「……ちょっといいかな? 何で爆弾を銃で処理するの? 普通爆弾処理班の仕事だよね?」
男は何を今更と怪訝そうな顔をした。
しかしすぐに表情を戻すと悠に説明してくれた。
「爆弾処理班は動けない。ロケットを取り囲んでる連中はテロ組織、アシャドの壁。あいつ等爆弾テロの常習犯だからな。近づけばドカンだ。ロデオ・フォーは国が宇宙時代の到来を記念して製造した、いわば宇宙開発の象徴的機体だ。破壊される訳にはいかない。搭乗者もベテランぞろいで国民の人気も高い。失敗すりゃ、まぁこの国では暮らせなくなるわな」
「……」
「連中は全員が起爆スイッチを持ってる事が確認されてる。全員同時に殺せなきゃ誰かがボタンを押す筈だ。そこで爆弾の方をどうにかする為に一番近くにいた俺達が呼び出された」
話から察するに自分と男は軍の人間、狙撃手と観測手のようだ。
敵はテロ組織、人質は巨大なロケットという訳だ。
「相手の要求を取り敢えず飲めば……?」
「はぁ? あいつ等の要求は一昨年、大統領を暗殺しようとしたグラバの解放だぞ。そんなの飲める訳ねぇだろ」
「そうなんだ……ふぅ、やるしか無さそうだね」
「当たり前だろ……んで、コイツが爆弾の構造図だ。望遠で撮影した物を爆弾処理班が解析した。アシャドの壁が使う従来の物と同じ物みたいだからここを撃ち抜けば止められる筈だ」
観測手はそう言って悠の前に図面の描かれた紙を差し出し、描かれた装置の一部を指差した。
「ここを狙えばいいんだね。なら行けそうだ」
「へへッ、調子が出て来たな。俺達が狙うターゲットは燃料タンクに仕掛けられた四つだ。あいつ等、時間が無かったのか片側にしか爆弾は仕掛けてねぇ……そこはラッキーだったな」
「四つ!? 僕一人で四つ!?」
「そうだよ。お前も聞いたじゃねぇか?」
「馬鹿なの!? ねぇ馬鹿じゃないの!? もしくはアホだよね!? 一発撃ったらバレて終わりじゃん!」
「何をいまさら……仕方ねぇだろ。この距離を当てられる人間ですぐ動ける奴が俺達しかいなかったんだから」
「はぁ……」
深いため息を吐いた悠に観測手が笑い掛ける。
「ライフルは最新の物を軍が用意してくれた。楽に行こうぜ、失敗したら俺も一緒に高跳びしてやるからよぉ」
悠は自分が構えているライフルを改めて観察した。
全長は140センチくらい、銃の下部にバイポッドが取り付けられ依託射撃が可能になっている。
スコープも明るく銃は悠の今の体にピッタリフィットしていた。
「はぁ、分かったよ」
「その銃はセミオートだから連射可能だ。まぁお前はいつものボルトアクションの方がいいだろうが……」
「連続四発って、ボルト操作してる暇ないでしょ……しょうがない、やるか」
肩を竦めスコープを覗き込む。
「これって着弾調整は終わってる?」
「当然。お前が爆弾を排除したら部隊が一気に敵を殲滅する。一緒に逃げてやるとは言ったが出来れば成功させてくれ。風は東1.2メートルだ」
「……了解」
その後、配置を確認した悠は都合十回ロケットを爆発させループをした後、起爆装置をなんとか連続で撃ち抜き爆弾の処理に成功した。
戦場では動く人間が標的だった。
それに比べれば制止しているターゲットは時間制限はシビアなものの、今の悠にはそれ程難しい事では無かった。
「ふぅ、今回は意外と楽だったなぁ……」
予定通り制圧部隊が発射場に突入、テロリストたちを排除しようと彼らに迫った。
作戦の失敗を悟ったテロリスト達は一斉に自爆した。
爆発はロケットは下部を破壊され横倒しになった後、爆発、四散した。
一瞬の後、爆発の衝撃波が悠の髪を揺らす。
「嘘だろ……」
「クソッ、あいつ等全員腹に爆弾抱えてやがったのか……」
観測手の悔し気な声が悠の鼓膜を揺らす。
その声の余韻が消える前に悠の視界は再びテロリストを捉えていた。
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