第47話 憧れた彼女の様に
繰り出された拳をステップを使いギリギリで躱す。
「へぇ、やるじゃねえか。だがコイツはどうかな?」
ゴルドラは腰を落とし両腕を広げ悠にタックルを仕掛けた。
悠を捉えようとゴルドラの手が開かれる。
今だ!
懐に飛び込みゴルドラの腹に両手を付ける。
「フンッ!!」
手を当てると同時に利き足で大地を蹴る。
寸勁、寸打、もしくは発勁、浸透勁と呼ばれる中国拳法の技の一つだ。
体の内部にダメージを与える技で、決まれば筋肉の鎧を無視して相手を打倒す事が出来る……らしい。
「何だそれ?」
「やっぱり一度じゃ成功しないか……」
「……お前、ふざけてんのか?」
「ふざける? 僕は大真面目だ!!」
「そうかよ……」
ゴルドラは腹に手を当てこちらを見上げる悠を見てため息を吐くと、そのまま持ち上げ頭を地面に叩きつけた。
その後、愚直に浸透勁を訓練する事、千回以上。
彼がそこまでこの技にこだわるのには理由があった。
かつて読んだ漫画、その漫画では体格差のある相手をとある登場人物が浸透勁を決める事で一発で倒していた。
あの場面を見た時、なぜだか分からないが悠は号泣していた。
彼女は作中ではそれ程強い訳では無かった。
しかし、気持ちの強さなら一番だと思っている。
作品と同様の、いや作品よりも厳しいかもしれない状況であの技を決める。
思いついてしまった以上、やらないという選択肢は悠には無かった。
浸透勁を使いゴルドラを倒す。
そして観客の歓声を浴びるのだ。彼女の様に。
まぁ、あの人は自分からコールを要求していた訳だが……。
それからさらに千回以上、訓練という名の死を乗り越え遂にその時が訪れた。
タックルを仕掛けるゴルドラの懐に飛び込み、両手を腹に当てる。
「
呟きと同時に利き足が大地に打ち付けられる。
動きはほぼ無く、踏み固められた闘技場の土に悠の右足の跡が深く刻まれただけだった。
闘技場は静まり返り、観客たちは何が起きたのか知ろうと固唾を飲んで二人に注目した。
「グエッ……」
一瞬の後、腹の中を掻き回されたゴルドラが大地に崩れ落ちた。
暫くは誰も何も言わなかった。
「……負けた? ゴルドラが?」
「嘘だろ……あんなチビに?」
「こっ、これは大番狂わせだぁ!!! チャンピオンゴルドラを倒したのはタラル村の勇者リコォォ!!!」
司会の声が闘技場に響き渡ると暫しの静寂の後、罵声と歓声が鳴り響いた。
「ふざけんな!!! 俺は持ち金全部ゴルドラに賭けてたんだぞ!!!」
「ゴルドラ!!! 立てよ!!!」
「小僧!! よくやったぞ!! お蔭で大儲けだ!!」
「ああ、止めて下さい!! 場内に物を投げ入れないで……」
殆どの観客は罵声を上げたり、賭けに使う木札を投げ捨てたりしていたが、一部の悠に賭けていた者達からは惜しみない称賛が彼に送られた。
それに右手を上げて応えながら悠は小さく呟く。
「ふう、やっぱりマイクとあの勢いが無いと彼女みたいにはいかないね」
苦笑しつつも悠は闘技場の観客たちを満足そうに眺めた。
白い空間、ダバオギトは映し出された映像に見入っていた。
「信じられん……どうして諦めない、何故そこまでこだわれる?」
ダバオギトの考えていた方法はゴルドラの末端部を破壊し追い詰める物だった。
指や足の骨を折り、相手の戦闘力を奪ってなぶり殺しにする。
それ以外の方法では勝利する事は難しい筈だった。
「それを技術で覆したのか……」
“あの子はどんな状況でも道を探す子よ”
そう言って笑うレミアルナの顔が脳裏をかすめる。
「ハハッ……彼の根気強さを見くびっていた。そういう事か……」
ダバオギトは乾いた笑いを上げると表情を引き締めた。
「レミアルナ」
「なあに?」
青い肌の女神が白い空間に現れる。
「悠君を引き取ってくれたまえ」
「いいの?」
「ああ、彼の存在は私の計画をことごとく塗り替える。そんなイレギュラーな存在は必要無い」
「ふぅ、彼も貴方の子の一人だと思うんだけど……」
「私にそういった感覚はもう無い」
「……そう、分かったわ」
レミアルナがため息を吐いて、左手の一本を上げたと同時に空間に声が響いた。
“止める事は認められない。ダバオギト、計画を続けろ”
「……クッ、分かりました」
「バレてたのね」
「まったく、いつも頭ごなしだ」
「諦めてやるしかないわね……終わったら悠は引き取るわ」
「……そうしてくれ」
ダバオギトはレミアルナに目を向ける事無く、忌々し気にそう言うと悠の意識を別の星に移動させた。
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