第43話 屋根裏へ消える

 状況は大体分かった。

 恐らく報酬に魅かれ、この体の持ち主は安請け合いしたのだろう。

 何となく物語等で登場する仕事だけ受けて、後は主人公に丸投げするキャラクター達を想起させる。

 まぁ、この人物は自分でどうにかしようとしていた様だから、まだマシな方か……。


「先生ぇ、それでどうするんです? 進むんですか?」


 リンが不安げにアミュレットを握りしめながら、ゆうのスーツの裾を引っ張る。


「そうだね……とにかく、その悪霊って奴を見極めないと手の打ちようが無い」

「うぅ、帰るって選択肢は無いんですね……」

「怖いなら君はここにいるといい」


「ここって!? こんな不気味な場所で一人でいれる訳無いじゃないですか!? 絶対付いて行きます!!」

「そう、じゃあ行こうか」


 リンを引き連れ暗く埃の積もった廊下に足を踏み入れる。

 床の埃には無数の足跡が残っていた。

 多分、家を取り壊そうとした業者が確認の為入ったのだろう。


 ギィと軋む床を踏みしめ暗い廊下を歩く。

 スーツを探ると小型の懐中電灯を持っていたので、その灯りを頼りに周囲を探った。


 屋内は日本家屋と中国の様式を混ぜた様なオリエンタルな感じのする物だった。

 窓は基本的に紙、障子の様な物で仕切られているので、ガラス窓に比べると閉塞感が高い。


「うぅ、不気味だよぉ……」

「ハハ、リンは臆病だなぁ。いいかい、怖い怖いと思っていると余計に怖くなるものだよ」

「そっ、そんな事言ったって本物だって分かちゃってるんですよ!?」

「大丈夫、何か対処法はある筈さ」


 余裕を見せる悠とは真逆に、リンはキョロキョロと周囲を落ち着きなく伺いながら彼の後ろをついて行く。


 “……いけ”

「ヒッ!? 先生何か言いました!?」

「いや、何も言ってないよ」


「ホントにホントですね!?」

「うん……何か聞こえたの?」

「女の人の声が聞こえたような……ヒィィ!!」


 眉根を寄せたリンの首筋に何かが触れる。


「もうやだぁ……」

「はぁ、じゃあ君は戻っていいよ」

「一人もやだぁ!!」

「我儘だなぁ……仕方ない」


 悠はリンの手を取ると玄関に引き返そうとした。


「まっ、待って下さい」

「何? 嫌なんでしょ?」

「いっ、一緒に行きます! でもでも、手は繋いでいて下さい!」


「……小さい子みたいだね」

「なっ!? 私は先生と違って繊細なんです!!」

「君、時々失礼だよね……」


 溜息混じりに苦笑すると悠はリンの手を引いて廊下の奥へと進んだ。


 悠が余裕を持っているのは今までの経験からだった。

 事務員の事は気に食わないが、これまで状況はムリゲーと思われる物でも切り抜ける手段は必ず存在した。

 この胡散臭い男は霊能力は持っていないらしいが、それでも方法はある筈だ。


 そう考え襖に似た横開きの扉を引き開ける。

 板の間には中央に木のテーブルが一つ。

 テーブルの周りにはボロボロになった座布団の残骸が残されている。

 壁際にはカラカラのかつて花だった物が活けられた大きな花瓶が置かれていた。


 全てが埃に塗れており長く放置された事が窺える。


「家具が置きっぱなしだ……逃げ出したにしてもかなり慌てていたんだね」

「クライアントの話じゃ、土地の持ち主も以前住んでいた人から無理矢理押し付けられたみたいでした」

「ふうん……よくそんな場所を買おうと思ったなぁ……」


「先生は忘れてるかもですけど、依頼者の男性、ゴウダさんは何と言うかザ・商人みたいな人でした。土地の値段も捨て値から更に値切ったみたいですよ」

「まさに安物買いの銭失いだね」

「……なんです、それ?」


 リンは不思議そうに悠を見た。


「いや、言葉通りの意味だけど……?」

「へぇ、初めて聞きました」

「そうなんだ……」

「ええ、そういう時は普通“高い物には理由わけがある”って言いますから」


 似たようなことわざは有る様だが、言い回しが違うらしい。

 似ていてもやっぱり違う世界なんだなと悠は今更少し感心してしまった。


 そんな風にリンと話していると今いる部屋の奥、襖の先からゴトリと何かが動く音がした。


「ヒッ!? きっ、聞こえましたか?」


 悲鳴を上げ悠の腕にリンがしがみ付く。


「うん、聞こえた。とにかく確認しよう」

「えぇ!? 本気ですか!?」

「それが仕事だろ? ……リンは無理しなくていいよ」


 悠が笑みを浮かべ言うと、彼女は少し驚いて悠の顔を見返した。


「何だい?」

「何だか今日は優しいですね?」

「そうかい? ……君が必要以上に怖がっているからかな?」

「だって……怖い物は怖いんだから仕方ないじゃないですかッ!」


 揶揄い気味に言った悠の言葉はリンの恐怖を少しは紛らわす事が出来たようだ。

 頬を膨らませるリンに笑い掛けると、悠は部屋の奥に移動し襖に手を掛けた。

 彼の後ろにリンも隠れる様に続く。


「開けるよ?」

「はっ、はい……」


 返事を聞いた悠は勢いよく襖を引き開けた。

 スパンッ、と音を響かせ開いた襖の先には丸い壺が床に転がっていた。

 部屋を確認すると物置に使われていたのか、本や壺などの装飾品、箪笥等の家具が雑多に詰め込まれていた。

 悠は膝を突いて懐中電灯で照らしながら壺とその周囲を調べる。


「音の原因はこの壺みたいだね。倒れた本が壺を押したみたいだ」

「なんだぁ……ドキドキして損しちゃった」


 ホッと胸を撫で下ろしたリンの首に冷たい何か絡みつく。


「ひえぇ!?」

「リン!?」


 一瞬の出来事だった。

 懐中電灯で照らす暇も無く、黒い何かはリンを攫い何時の間にか外されていた天井の板、ぽっかりと開いた四角く黒い空間に消えた。


「あれが原因か……」


 正体は分からないがリンを攫ったという事は相手は物理的な力を持っているようだ。

 何かが消えた黒い穴を照らしながら悠はリンを救うべく考えを巡らせ始めた。

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