第41話 大気の上を跳ねるように

 ダバオギトへの怒りもあり任せてよと恰好良く啖呵を切ったゆうだったが、宇宙船の操縦がそれ程簡単な筈も無くループは既に五百回を超えていた。

 ダバオギトの言わんこっちゃないと肩を竦める様子が脳裏に浮かび、悠は苛立ちを覚えた。


 クソッ、僕等はあの事務員の所有物じゃ無い。

 みんな一生懸命生きてるんだ。都合の良いように扱われてたまるか。


 一度、深呼吸をして熱くなった心に冷静さを呼び込む。


「よし、やるよ」

『了解だ。まったく、あの状況からここまで立て直すとはね……』


 悠は最初に過剰噴射によってバランスを崩し、回転していた船を立て直した。

 ロールしながら横回転する機体を適切な制御スラスターを適切な時間噴射する事で制止させたのだ。

 しかし現在も機体は星の重力に引かれ落下している。

 無駄な時間は一秒も無い。


「前方下部姿勢制御スラスター全開噴射5秒」

『スラスター全開……5、4、3、2、1……噴射終了』


 今まで星に向いていた船首がゆっくりと持ち上がり、目の前の景色が変わって行く。


「前方上部姿勢制御スラスター全開噴射2.5秒」

『スラスター全開……2、1……噴射終了……すげぇ……完璧だ』


 慣性を消す為、前方のスラスターを使い最適な角度で安定させる。

 二人が搭乗している船は往還船。

 スペースシャトルの様な大気圏突入後、滑空して着陸するタイプの物だ。

 ただ、このままの角度で突入すれば大気との摩擦に耐え切れず機体が熱で破壊され、空中で分解するだろう。


 先程までは船首を星に向けて直滑降している様な状態だった。

 そこで悠は機体の角度を変えるべく、船首側のスラスターで機体角度を調整、船底を星に向ける様調整した。

 コクピットシールドから見える景色は星の姿は割合を減らし、黒く広大な宇宙が大部分を占めていた。


 しかし、船の角度を調整しても現在の侵入角度では深すぎて船底の耐熱パネルが持たない。


「次だ。メインエンジン点火、全速で加速する」

『この状態で加速するのか?』

「大丈夫、船のベクトルを変えるんだ。……やった事ないかな、水切り?」


『水切り? 石を水面に投げる?』

「そう、それの要領で機体を大気圏で跳ねさせる」

『そんな方法聞いた事無いし、訓練でもやった事ないぜ……』


 悠だってやった事は無かった。

 だが何時かテレビで見たロシアの往還機はこの方法を取っていた筈だ。

 何度も失敗したが機体の癖は掴んだ。今回は成功する筈……いや、成功させないと待っているのは永遠に終わらないループだ。


「じゃあ、やるよ。……メインエンジン点火」

『……点火確認……クッ…』


 体がシートに押し付けられ速度がドンドン上昇していく。

 燃焼が終わり燃料タンクが空になった分、機体の総重量は幾分軽くなった。

 ただし、燃料が無いという事はこれ以上の加速減速は出来ず、あとは星の重力に引かれ落下するのみだ。


『大分立て直したがまだ侵入角が深い』

「大丈夫、ここまでくれば後は道に乗せるだけだ」


 悠は大気の反発を利用し船を撥ねさせる。

 大気に触れた船底が衝撃と共に船を浮き上がらせた。

 操縦桿を握った悠は微妙に角度を調整しながら希薄な大気の空を飛んだ。


「0.1度機首上げ……」

『侵入角が変わった……ハハッ、嘘みたいだ……』


 上がった機体速度は大気の層を撥ねる度、その速さを失っていく。

 十分に減速した船はやがて重力に引かれ、大気圏へととても緩やかに侵入した。

 暗かった空が青に変わり、風が機体を叩いていく。


『やった!! 生きてる!! 俺達は生きてるぞ!!』

「喜ぶのはまだ早いよ……」


 そうは言ったが、後は不時着するだけだ。

 なるべくこの機体の所属している国か、友好関係を結んでいる国の支配地域に下りる事が出来ればいいのだが。


「着陸は任せていいかい?」

『了解だ。お前はゆっくり休んでくれ』


 操縦桿を相棒のマックに委ねると悠は目を瞑った。

 ヘルメットのスピーカーから障害が回復したのか管制塔からの声が聞こえる。

 興奮した様子の管制官の声の後ろで、沢山の人が歓声を上げているのが漏れ聞こえてきた。


『こちらは無事だ。ああ、全てライカのお蔭だ。まったく大した奴だよ……』


 マックが管制官に答える声を、悠はやり遂げた安堵感と達成感を感じながら微かな笑みを浮かべ聞いた。

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