第38話 何も問題が無ければ……

 ゆうが会場でクリス達と話していると、身なりのいい年配の男性が彼らに歩み寄った。

 ロマンスグレーの髪を後ろに流し、固そうな髯を綺麗な整えた恰幅の良い男だった。


「アインズ大尉、楽しんでおられますかな?」


 見た目から予想された通りの低く艶のある声がその口から発せられた。

 話ながら悠の方をチラリと見て、小さく頷きを送る。


「はい、ローダンさん。今日は僕等の為にこんな豪華なパーティーを開いて頂いて感謝しております」

「いえいえ、国を守って頂いた方達に対する感謝の気持ちですよ」

「……そうですか」


 クリスはローダンの言葉に何か引っかかりを覚えたのか、ほんの一瞬表情を曇らせた。

 それには気付かずローダンは笑みを浮かべ言葉を続ける。


「本日は貴方に感謝を伝えたい者も多く集まっております。どうか話を聞いてやって下さい」

「ええ、勿論です」

「では楽しんでいって下さい」


 持っていたグラスを小さく掲げ笑みを浮かべると、ローダンは別の客の下へ去っていった。

 悠は先程の表情が気になりクリスに問いかける。


「どうしたの?」

「……彼は僕たち三人しか……いや、彼の瞳は僕しか見ていなかった。国を守ったのはここにいない人達だって想像もしていない」

「彼は多分戦場がどんな場所か知らない。君一人いれば敵は恐れおののいて降伏したとでも思っているのかも知れないね」


 肩を竦めわざとらしくため息を吐いた悠を見て、クリスは苦笑を返した。


「笑ったね……しかめっ面をしててもしょうがないよ。せっかく歓待してくれるって言うんだから仲間の分まで楽しまないと」

「君は……君は強いなぁ」

「そう? 単純だとは言われた事あるけど……それより何か食べていい? 準備に掛かりっきりでお昼食べ損ねたんだ」

「ああ、行っておいで」


 破顔して用意された料理に向かって行く悠にクリスは優しい微笑みを向けた。


「何だよクリス、今までのパーティーじゃあどんな娘に会ってもそんな顔して無かったぜ?」


 ミラーがニヤリと笑いながらクリスの脇を肘で突く。


「へへっ、アイツは面白くていい奴だよ……だが、問題が解決したらアイツはアイツじゃ無くなっちまうんだろ」


 ニックもミラーに続き会話に加わる。


「ユウの話だとそういう事みたいだ」

「……なんかやるせないな。アイツならお前のパートナーになっても安心なんだが……」

「ユウの中身は男の子だよ。それにニックが言った様にいずれ去ってしまう……そんな事にはならないさ」


 クリス達は皿に料理を乗せている悠を見つめながら、寂しさと諦めが入り混じった苦笑を浮かべた。

 そんな三人に黒いドレスを着た背の高い痩せた女が近づいた。

 ウェーブのかかった黒髪は梳かれてはいたものの光沢は少なく、顔にも化粧では誤魔化せない疲労の様な物が浮かんでいた。


「貴方がクリス・アインズ大尉?」

「そうですが……貴女は?」

「私はキーラ。貴方がリンドで殺したゲオルグの婚約者よ!」


 キーラと名乗った女性は隠し持っていた手榴弾を取り出しピンを抜いた。


「止めろ!!」


 クリスの制止を聞いてキーラの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。

 彼女はクリス達が動く前にレバーから指を外した。

 レバーが弾け飛び起爆迄の秒読みが始まる。


 会場にいた人々は何が起きたか分からず、逃げる事もせずただキーラを見ただけだった。


「伏せろ!! 爆弾だ!!」

「離れるんだ!!」


 ニックとミラーが周囲に向かって大声を張り上げる。

 騒ぎに気付いた悠が何かする前に手榴弾は弾け飛び周囲に破片を撒き散らす。

 キーラを中心にそれは拡散しクリス達の体を引き裂き吹き飛ばした。



 目を開けた場所はベッドの中だった。


「……暗殺者……可能性を考慮しておくんだった」


 クリス達の話にも出ていたのに、平和な街並みや立派なホテルを見ていた所為で完全に失念していた。


「そうだよね……何も問題が無ければ僕が送り込まれる筈は無いよね……」


 クリス達の顔が脳裏にちらつき申し訳無さがこみ上げる。

 キーラの言葉は断片的だが悠の耳にも届いていた。


 “貴方がリンドで殺したゲオルグの婚約者よ!”


 貴方が殺した……クリスが殺害したという事は戦争の相手、つまり女性は敵国だったグルカ公国の人間の可能性が高い。

 クローズなパーティーに敵国の人間が潜り込む為には協力者の存在が欠かせない筈だ。

 ローダンはわざわざ娼婦を雇ってまでクリスに繋がりを持とうとした。……彼は除外していいだろう。


 ローダンに暗殺者の事を伝えればあるいは……。


 悠が暗殺阻止について思いを巡らせていると、部屋のドアがノックされた。


「起きているか?昨日の話を詰めたい」


 ジャックの声を聞いた悠はベッドから降りると、ドアに駆け寄りノブを捻りながら彼に捲し立てた。


「ジャック! ローダンにパーティーの参加者を洗う様に言って!」

「おまっ、いきなりどうしたんだ……はぁ…取り敢えず服を着ろ」


 呆れた様子で顔をそむけるジャックの言葉で、悠は自分が全裸だった事を思い出した。


「わわっ!?」


 慌ててドアを閉め、リリーがバスローブを出してくれたクローゼットを探りローブを羽織る。

 気持ちを落ち着ける為に深呼吸してから悠は再度ドアを開けた。


「……で、何慌ててんだよ?」

「……今夜開かれるクリスのパーティーに暗殺者が入り込んでいる。黒髪の背の高い女だ。ローダンに参加者を調べるよう打診して欲しい」

「お前、どこでそんな情報を……?」

「いいから早く!!」

「わっ、分かった!」


 悠の剣幕に圧されジャックは慌てて駆け出した。


 ……暗殺者は一人とは限らない……この体で何が出来るだろう……。


 悠はパーティー会場を思い浮かべながら、どう動くべきか思案を開始した。

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