第36話 見る者全てを魅了する

 夕刻、街でも一等地に建っているホテルの前に車が横付けされる。

 顎鬚の男が運転席から降りてドアを開けると、栗色の髪で桜色のカクテルドレスを着た女が車を降りてツカツカとロビーを横切りフロントに歩み寄った。


 ホテルの客達はその女の美しさに一様に目を引かれていた。


「ローダンさん主催のパーティー会場は何処かな?」

「……」

「あの……?」


 フロントの青年はボンヤリと悠を見つめていたが、声を掛けるとハッとして表情を引き締めた。


「あっ、失礼しました。ローダン様のパーティーですね。失礼ですがお客様のお名前をお教え願えますか?」

「レアーナ・ベイカー」

「レアーナ・ベイカー様……確かに承っております。会場は最上階で御座います。ベルマンに案内させますので暫くお待ちください」

「ありがとう」


 悠が笑みを浮かべ礼を言うと青年の引き締まっていた顔がだらしなく緩んだ。


「いっ、いえ、しっ、仕事ですので」


 クリス達と別れた後、ゆうは一旦アパートに戻り服を着替えメイクも変えた。

 昼間は町娘風の姿だったが、現在は完璧な淑女といった様相だ。

 ゲーム風に考えれば最強装備。

 男性は殆どの者が無視できないだろう。


 中身は男子高校生なのに……やっぱり見た目ってそれだけで力を持っているんだなぁ……。


 かつてのさえない自分の容姿を思い出し、悠は少し悲しくなった。

 まぁ、自分の場合はそれを磨こうとかも思っていなかったのだから、自業自得という所もあるのだろうが……。


 そんな事を考えている間にホテルの制服を着た青年が悠に歩み寄った。


「ローダン様のお客様です。パーティー会場までご案内を」

「分かりました…………」


 悠の姿を見たベルマンは口を開けたまま静止していた。


「どうしたの?」

「んんっ!!」


 悠が声を掛けるとフロントが咳払いで注意を促す。


「ッ!? もっ、申し訳御座いません! ごっ、ご案内いたしますッ!」


 咳払いで我に返った青年は顔を赤らめながら悠をエレベーターへと導いた。

 去り際、フロントにありがとうと小さく手を振ると、彼は相好を崩して手を振り返してくれた。

 隣にいた女性のフロントも何故かうっとりとした表情で悠の方を見ていた。


 現在のレアーナは周囲の人間を無意識に魅了する力を持っているようだ。

 クリスを確実に落としたいジャックの提案を飲んで、リリーにとにかく魅力を引き出してくれと頼んだのだがやり過ぎたかもしれない。


 エレベーターに乗り込んだ悠は、そう思いため息を吐いた。


「あの、何かご心配な事が? お困りでしたら私で出来る事があれば何でも協力させて頂きますが?」


 案内役のベルマンは期待に満ちた目をこちらに送っていた。


「いや、大丈夫だよ……心配してくれてありがとう」

「いいっ、いえ、こちらこそ差し出がましい事を申しました!」


 悠が笑みを投げ返すとベルマンはこちらに背を向け直立不動の姿勢をとった。


 なんかヤバい、敵の弱点属性を突いたどころの効果じゃない。

 ウェブで見たアイスのサイトのイケメンタレント並みに出会う男性が自分を好きになっている。

 まるで魅了魔法を使うサキュバスのようだ。


 選択ミスを少し後悔しながら、悠は最上階に着いたエレベータを降りた。


「こ、こちらです」


 手足を同期させぎこちなく歩くベルマンに案内され、悠はパーティー会場までの廊下を歩いた。

 所々にスタッフは立っているが、受付等は見当たらない。

 ジャックは招待客のみのクローズなパーティーだと言っていたからそれが原因かもしれない。


 両開きのドアの前に立った彼にチップを渡し礼を言う。

 そのチップを渡す際、一瞬、彼の手に悠の手が触れた。


 それだけでベルマンの顔は真っ赤に染まり動きを止める。


「……あの、大丈夫?」

「はひ……ありがとうござい……ます……」


 壊れたロボットの様な動きで廊下を去って行くベルマンを見て悠は深いため息をついた。


 この分だとパーティーに出席している男達も虜にしてしまいそうだ。

 さっさとクリス達と合流して彼らの連れだと認識させた方がいいだろう。


 取り敢えず今後の予定を決めると、悠はドアのバーを掴むと扉を引き開けた。

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