第35話 洗いざらい
娼館の男、ジャックはレアーナ達の動向を車の中でヤキモキしながら見守っていた。
上手く接触し喫茶店に連れ込む事は出来た様だが、クリスに好感を持たせる事は果たして出来たのだろうか。
いつものレアーナならここまで心配はしないが、今日は何だか様子が変だった。
気持ちを落ち着けようと吸った煙草をもみ消そうと灰皿を見ると、吸い殻で灰皿は一杯になっている。
「チッ、上手く行ってんのか、行ってねぇのか……」
吸い殻が落ちるのも気にせず、ジャックは苛立ちをぶつける様に灰皿に煙草をねじ込んだ。
新たに煙草を咥えた時、レアーナ達が店から現れた。
ニコニコと笑いながら手を振ってクリス達と別れ、周囲を見渡すと車を見つけこちらに駆けて来る。
手を振ったレアーナにクリスも手を振って応えていたので、状況は悪くは無いようだ。
車のドアを開けてシートに座ったレアーナは顔を顰め窓を思い切り開けた。
「煙草臭い! てか煙ってるじゃないか! 吸い過ぎは健康に悪いよ?」
「うるせぇなぁ……医者みてぇな事言うんじゃねぇよ……で、クリスの様子は?」
「何か凄く盛り上がっちゃってさぁ。もっと話をしたいって今晩のパーティーにも呼ばれちゃった」
「マジか!? デカした!!」
破顔したジャックだったが、レアーナは何故か少し気まずそうに苦笑している。
「何だよ、上手く行ったんだろ?」
「上手く行ったといえば行ったんだけど……全部話しちゃった」
「話したって……もしかしてお前、自分が娼婦だとか有力者の手引きとか言っちまったのか!?」
「うん……」
「お前何してくれてんだよ……」
ジャックはシートにもたれ右手で顔を覆った。
「でも、クリスもニック達も信用してくれたみたいだったよ」
「信用されても背景がバレちまったら、クリスとくっつく線は無しだろうがよ」
「だってだって、スパイ容疑が掛かってたんだよ。それを解くには全部説明する以外ないだろ?」
「なんでただの町娘にスパイ容疑なんてかけるんだよぉ……」
ため息を吐き煙草を咥えたジャックから、
「おい、何すんだよ?」
「吸い過ぎだよ、気分転換かもしれないけど、あんまり吸うとがんって病気になるよ」
「医者が言ってる奴か……まったく煙草ぐらい好きに吸わせて欲しいぜ」
「話を続けてもいい?」
尋ねた悠にジャックは唇を曲げながらも頷いた。
「クリスが女の子を近づけなかったのは、スパイや暗殺者を警戒してたからみたいなんだ」
「……なるほどな。クリスは文句の付けようの無い英雄だ、敵も多いって事か……」
「うん、だから全部包み隠さず話した方がいいと思ったんだよ」
「確かに機密情報や命を狙う奴に比べりゃ、有力者のパイプ作りなんざぁ可愛いもんだよな」
ジャックは悠の言葉に頷きながら、不意に何か気付いたのか小首を傾げた。
「でもよぉ、そんだけ警戒してんのによくお前の話を信じてくれたな?」
「洗いざらいぶちまけたからね。それで今夜のパーティーなんだけど……」
「そっちは問題ねぇ。元々パーティーには入り込める様、算段がついてる」
「あ、そうなんだ」
「当たり前だろ、主宰者はクライアントなんだからよぉ……しかし、全部話したとなると計画は絶望的だな……」
「そうでも無いよ。クリスは本当に信頼出来るパートナーを欲しがってるみたいだったから」
「ホントか!? 脈はあるんだな!?」
勢い込んで顔を近づけるジャックに苦笑しながら悠は頷きを返した。
「よし、いいぞ。まだ道は閉じてねぇ」
「ジャック、道は開いた場所を通り抜けるんじゃない。自分の手でこじ開けて進むんだ」
「……まさか、お前の口からそんな言葉が出るとはな」
「おかしいかい?」
「まぁな。なんせお前、自分の境遇に文句しか言って無かったしよぉ……でもまぁ、やる気になってくれたのはありがてぇぜ」
どうやらレアーナは娼婦の自分に随分と不満を抱いていたようだ。
まぁそれも当然だろう。
経験は無いが悠も見ず知らずの好きでも無い女性とそんな関係になりたいとは思えない。
「とにかくだ。向こうから招待されたんなら、この後の予定はキャンセルだな。パーティー一本に絞って準備するぞ」
「りょうか~い」
「……お前、ホントにレアーナだよな?」
ジャックは笑みを浮かべ敬礼した悠を訝し気に見た。
「レアーナだよ。今はね」
「何だよ今はって?」
「いいからいいから。とにかく一旦戻ろう」
「……」
今一つ納得出来ないといった様子を滲ませつつも、ジャックはギアをローに入れアクセルを踏み込んだ。
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