第33話 映画の方法は使えない

 男が部屋を出た後、それ程、間を置かずフワフワした金髪の女性が服を抱えゆうの下を訪れた。

 彼女が男が言っていたリリーなのだろう。

 リリーはベッドに服を置くと腰に手を当て悠に言った。


「さぁレアーナ、気合入れて行くわよ!」

「えっ、ああ、はい」

「どうしたの? シャンとしなさいよ! これで玉の輿を掴んだらこんな店からおさらばして、後ろ指差されずに暮らしていけるんでしょ!」


 やはり娼婦という仕事に世間の目は厳しいようだ。


「アンタが英雄のお嫁さんになったら私も引っ張ってもらうんだから、とにかく頑張ってよね!」

「わっ、分かったよ」

「うん、よろしい……アンタ、少し酒臭いわね」


 リリーは満面の笑みで頷いた後、スンスンと鼻を鳴らした。


「シャワー浴びて来なよ。その間に町娘風って奴を考えとくからさ」

「分かった……シャワーって何処だっけ?」

「はぁ? 部屋を出て右の突き当りだろ? ……昨日そんなに飲んだの? 辛いからって深酒は体に毒だよ」

「う、うん。気を付けるよ……」


 言動のおかしさはお酒の所為という事で納得してくれたみたいだ。

 悠はリリーが差し出してくれたバスローブを抱え、部屋を出ると右の突き当り、バスルームに向かった。


 廊下の窓から街の様子が伺える。

 どうやらここは繁華街に立つアパートの様だ。

 ゴミゴミとした石造り街並みの通りに、夜になると光るのだろう看板がズラリと並んでいる。


 男の話では英雄クリスは銃と手榴弾を使い戦っていたらしい。

 地球の歴史で考えると大体第一次世界大戦前後ぐらいだろうか。

 というか、クリスはもしかして自分が最初に入った人物じゃないだろうか。


 ただ、悠が介在した世界は神様的には良い方向に向かう筈、同じ世界に二度関わる必要は無い様に思えるが……。


 考えていても仕方が無いと悠は窓から視線を外し、バスルームに向かうとシャワーを浴びた。

 その際に姿見に裸の全身が映し出される。


 改めて自分が入っているレアーナという女性の体を見た。

 なんというか、セクシーでカッコいい体だった。

 トップモデルの様なスマートなラインでは無く、レアーナは出る所の出た女性特有の柔らかさを持っていた。

 きっと娼婦としても人気がある筈だ。


「……はぁ、どうしてクリスじゃなくてこっちなんだよ……自分で美女になっても抱きしめるとかキスするとか出来ないじゃん」


 想像は当然その先にも行きかけるが、事務員やレミアルナに見られているかもしれない事を思い出し首を振って欲望を振り払った。

 シャワーを浴びて気持ちを落ち着ける。


 バスルームに置かれていたタオルで体を拭き、下着を身に着けローブを羽織る。

 部屋に戻るとリリーが服をベッドに並べていた。

 彼女は悠に近づくと確認する様に鼻を鳴らした。


「うん、匂いは飛んだね。それじゃあやろうか」


 並べられた服の一つを手に取り、リリーはニッコリ微笑んだ。


「よっ、よろしくお願いします」


 その後、着せ替え人形の様に服を着替えさせられ、二時間程掛けて悠は可愛らしい町娘になった。

 フワリとした余り体のラインを強調しない淡い青のロングワンピースに薄いメイク。

 ウェーブのかかった髪は一部を後ろで編んで流し派手にならない様にしてもらった。


「うんうん。これなら娼婦とは思われないよ」

「ありがとうリリー」

「べっ、別にアンタの為じゃ無いんだから! 玉の輿に乗ったアンタに引っ張ってもらうって言ったでしょ! かっ、勘違いしないでよね!!」


 まるでツンデレキャラの様な物言いのリリーに悠は思わず微笑みを浮かべた。




 準備の整った悠は店の男、ジャックの運転する車に乗り街の中心部へ向かった。


「いいか、これからお前は街をお忍びで散策しているクリスと偶然出会う」

「偶然?」

「そういう演出だよ。奴は有力者とつながり持つ女に反応しなかった。もしかしたら特定の誰かと親密なる可能性を危惧してるのかもしれねぇ」


「で、どうやって切っ掛けをつくるの?」

「それはお前に任せる」

「任せるって……作戦は無いの!? 無茶だよそんなの!!」


 街ですれ違うだけでどうやって近づけというのか。

 そもそも悠は学校で女子と会話した事も数える程しかないのだ。

 それを出会いを演出し、相手の心を掴むなんて余りにハードルが高すぎる。


「何かアイデアを出してよ!」

「アイデアと言われても……俺も女は向こうから寄ってくる事が多かったからなぁ……」


 クソッ、イケメンなんて滅べばいいんだ!

 悠がジャックの顔を憎々し気に睨むと、アイデアを出さない事に憤っていると見たのか慌てた様子で言葉を紡いだ。


「こっ、この前見た映画じゃ地下鉄の風でこうスカートがブワーっと舞い上がって、俺は一瞬でその女優が好きになったんだが……」

「この街に地下鉄なんてあるの?」

「いや、無いな……」


「そもそもスカートが舞い上がって好きになったのってジャックの趣味じゃん」

「クッ……すげぇ色っぽかったんだよ」

「地下鉄があってもタイミングが難しそうだし……使えそうにないね」


 大体、そういうお色気路線で行くなら町娘風は無しだろう。

 いや、清楚そうな女性がやる事で逆に……。


 悠は自分の男の部分と照らし合わせながら、どうすれば気を引けるだろうと思案を重ねた。

 しかし、暫く思案を続けたが良い案は何も浮かんでは来なかった。


 だってしょうがないじゃないか。

 今まで遊んだゲームは基本的に男主人公が多く参考にならないし、読んだ漫画も小説も主人公は男女に関わらず何故かモテるんだもの。


 やっぱり顔か? 顔なのか?

 段々と思考が美形に対するやっかみで埋まりそうになっている頃、車は道路脇に停車した。


「着いたぞ。奴がクリスだ」


 ジャックが指さす先、金髪の背の高い青年の姿が見えた。

 軍服は着ておらず白いワイシャツとチノパンを履いた姿は、普通の何処にでもいる青年に悠の目には見えた。


「まぁ、チャンスは何度か用意されてる。一回目は様子見だ。とにかく行って来い」

「……分かった」


 悠は唾を飲み込むと車を降り、街を散策しているクリスの元へ足を踏み出した。

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