第32話 凄く大きい……です

 再び目覚めたのはベッドの上ではあったが、レミアルナがいた明るい場所では無かった。

 どうやらまた新しい場所に移されたようだ。


 レミアルナの歌の効果か、それとも良く寝た為か、沈んでいた心は平穏を取り戻していた。


 状況を確認しようと体を起こすと豊かな胸が寝具から零れ落ちた。

 今回の体は女性、しかも寝る時は全裸であるらしい。


 これまで一度女性の体に入った事はあったが、全裸というのはあらゆる意味で初めてだ。


「すっ、凄く大きい……です」


 みずからの胸を触り大きさと手触りを確認していた悠は、事務員とレミアルナが見ているかもしれないと気付き、いそいそとベッド周辺においてあった下着を手に取った。

 精緻なレースの施された白い下着に照れつつも、ブラに苦戦しながらなんとか下着を身に着ける。


 そうこうしている間にドアがノックされた。


「起きているか?昨日の話を詰めたい」


 低い男の声が響く。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 悠はサイドテーブルに置かれていた真っ赤な大きく胸元の開いたドレスを慌てて身に着けた。

 部屋にあった鏡を覗くと、そこにはウエーブした栗色の髪を持つ美女が映し出されている。

 特にメイクをした様子は無いのに、ピンクの唇と長い睫毛は悠の目を引き付けた。

 よく考えれば自分が入った人物の顔を見るのはこれが初めてだ。


「……無茶苦茶美人だ」

「おい、もう良いか?」

「あっ、はいはい、もういいよ」


 ドアが開き顎髭を生やした背の高い男が部屋に入ってきた。

 黒いベストとワイシャツ、下はスラックスに革靴という出で立ちの一部の層に持てそうなハンサムな男だった。


「なんでもう仕事着着てんだよ?」

「えっ、コレって仕事着なの……」


 こんなセクシーな服が仕事着って事は、この体の持ち主は夜の仕事をしているのではないだろうか。

 ゲームでしか知らないがキャバクラとか風俗とかみたいな……。


「しっかりしてくれよ。今日はでかい仕事があるってのによぉ」

「でかい仕事?」

「それも覚えてねぇのか……まぁ昨日はかなり飲んでたからなぁ……」


 嘆息しながら男は部屋のソファーに腰かけた。


「もっかい説明してやる……座れよ」

「う、うん……」


 男は悠がベッドに腰かけたのを見て、おもむろに口を開いた。


「相手はこの国の英雄、クリス・アインズ大尉。お前もリンド攻防戦の話は知ってるだろう?」

「クリス・アインズ……リンド攻防戦?」


 悠は当然知らないので首を傾げた。


「おいおいマジかよ? ……はぁ…お前、少しは勉強しろよ。見た目でチヤホヤされんのは若い内だけだぞ」

「ごめん……詳しく教えてもらえる?」

「なんだか今日は妙にしおらしいな……リンド攻防戦はこの国の北西、リンド地方で昨年起きた戦争だ……」


 話を要約すると突然、北の隣国グルカ公国が国境を侵犯。

 グルカ公国は同盟国だった為、守備隊の数は少なく攻め込まれた我が国は僅かな兵での戦いを余儀なくされた。

 その戦場の一つ、国境の街リンド近郊での塹壕戦でたった三人で敵を押し返した兵達がいた。


 三人とは言ったが、やったのは実質一人。

 それがクリス・アインズ当時一等兵。

 彼は小銃と手榴弾を使い、押し寄せる敵の大軍を撃破。

 戦線を維持した。


 その功績で異例の昇進を果たしたクリスは、転戦した戦場でも活躍を続け公国を押し返す事に多大な貢献をした。

 一年余りの戦争で一等兵から士官に昇進という大出世をしたのは、後にも先にも彼だけた。


 悠は男の話を何だか覚えのある話だなぁと暢気に聞いていた。


「で、そのクリスをどうすればいいの?」


「クリスの人気は今やうなぎ登りだ。戦争は終わったが大尉程度じゃ国民が納得しねぇ。国は奴を英雄として祀り上げて民衆のご機嫌を取るだろう。それにクリス自身、上に上がって国を守りたいって公言してる。奴が軍上層部に食い込むのは間違いねぇ」


「うん」

「今、奴は凱旋パレードで国中を回ってる。それでこの街にも来るんだが……」


 男はそこで一旦言葉を区切り悠の姿を確認した。


「そんな英雄に覚えてもらおうと有力者連中は奴を歓待してる。で、そこには当然美女が必要だ」

「なるほど」

「それでこの店に話が回って来た。レアーナ、お前がクリスを落とすんだ」


「へぇ、落とすねぇ……僕が!? 無理無理無理!!」

「僕? なんだそれ、新しいキャラ付けか?」

「キャラ付け……そっ、そうなんだ、受けるかなぁと思って」


 男は訝し気に悠を見たがそれ以上は追及せず話を続けた。


「まッ、方向性が変わっていいか……」

「……ねぇ、そのクリスは英雄なんだよねぇ……いいの夜のお仕事してるんだよね僕?」

「何だ、スキャンダルでも気にしてんのか? 心配すんな、ウチは表に顔を出してねぇしクライアントが上手くやってくれる」


 そう言うと男は膝に腕を乗せ両手を組んだ。


「それにな、やるしかねぇんだよ。この街じゃ奴らに逆らっちゃあ生きて行けねぇ」

「そうなんだ……」


 状況は何となくつかめた。

 街の権力者に逆らえば男やレアーナが関わっている店は商売出来なくなるのだろう。

 それだけならいいが、最悪、怒りを買って消されるとかあるかもしれない。


 男の言う様にやる以外の道は無い様だ。


「話を戻すぞ……他の街でも上級士官の娘や財閥の令嬢なんかをくっつけようとしたらしいんだが、クリスはそのどれにも靡く事は無かった。んでこの街の有力者連中は賭けにでたのさ。面の割れてねぇ百戦錬磨の高級娼婦ならクリスもどうにか出来んじゃねぇかってな」


 どうも今回は完全に趣向が違うようだ。

 戦いといえば戦いなのだろうが……恋愛シミュレーションはやった事ないんだよねぇ……。

 瞳やソフィアの物はそう言えなくもないが、あれはどちらかというとアドベンチャーだろう。


「でも落とすってどうすればいいのさ? ……だって、他の女の子には見向きもしなかったんでしょ? もしかして男が好きなんじゃないの?」

「いや、仲間達と娼館に行く事もあったそうだから、そういう訳でも無いと思う……話が急で詳しく調べられちゃあいねぇが……」


「……分かったよ。で、僕はどうすればいいの?」


 半ば捨てバチに悠は男に尋ねた。


「分からん。士官の娘や令嬢に靡かったって事は奴が求めてんのはコネによる出世や金じゃねぇんだろ。まぁ出世はコネなんか無くても出来そうだがな」


「純粋に話の合う人を探しているのかな?」

「そうかも知れん。とにかく滞在中に会う機会は何度かセッティングされてる。それで奴の本音を掴んで落とすしかねぇだろ」


 男はそう言うと立ち上がり悠を見た。


「いいか、これはお前にとってもチャンスだ。高級娼婦つっても結局は籠の鳥だ。お前だっていつも抜け出したいって言ってたろ?」

「……君、お店の人だよねぇ? いいのそんな事言って?」

「ああ?お前ホント大丈夫か?」


「飲み過ぎで頭がまだ働いていないのかな……」

「……俺は店の人間だよ。でもまぁ、お前には借りがあるしな。上手く行って欲しいと思ってるよ……ってこんな事言わせんなよ!」


 男は照れ隠しの為か声を荒げた。


「とにかくもう少ししたら出るから準備しておけよ!」

「分かった。服はこれでいいの?」


「……そうだな……今までの奴らは多分、化粧して着飾ってた筈だ。趣向を変えよう。クリスは確か庶民の家の出だった……よし、町娘風で纏めよう。リリーに服を持ってこさせるから、その中から選んで着替えろ。メイクもいつもみたいに派手にすんなよ」


「了解……」


 そう言って敬礼を返すと男はキョトンとした表情で悠を見返した。


「お前、ホントに大丈夫なんだろうな……」

「へっ、変だったかい?」

「ああ、変だ。酔っぱらって頭でも打ってねぇよな?」

「あっ、あはは、そういえばこんな所に瘤が……」


 ワザとらしく頭を触り、男に笑い掛ける。


「はぁ……しっかりしてくれよ。抜け出して欲しいとは思ってるが、こいつは店にとってもチャンスなんだからよぉ」

「う、うん。分かってるよ」

「頼むぜ、ホント」


 男は不安気な様子で部屋を後にした。


「はぁ……ため息を吐きたいのはこっちだよ。男を落とすなんて……あの事務員、無茶振りが過ぎるよぉ……」


 悠は腰かけていたベッドに寝ころぶと、事務員ダバオギトの顔を思い浮かべながら再度深いため息を吐いた。

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