第30話 その後の世界
ここは何処だろう。
石造りの近代的な建物が並ぶ街を、
見る事は出来ても体を動かす事は出来ない。
体は勝手に動いて道の脇を埋めた小さな旗を振る人々に手を振っている。
その人々の誰もが悠に向かって感謝と称賛を送っていた。
唐突に場面が切り替わる。
見覚えのある庭で二十人程の人達が武術の鍛錬に汗を流していた。
彼らに近づくとその誰もが微笑みを向けて悠に指導を願い出て来る。
そんな人々に微笑みを返しながら悠は彼らに応えていた。
また視界が切り替わり微笑む女性が現れる。
その女性、
あの時は派手なメイクは崩れとても痛々しかったが、視界の中の彼女のそれはケバケバしさの無いとても落ち着いた物だった。
そっちの方が似合うよ。
その声が聞こえた筈も無いが、瞳はキョトンした表情を返した後、優しく微笑んだ。
その瞳の姿が薄れ、目の前に弓を引く子供の姿が映る。
真剣な表情で的を狙う少年は、放った矢が的の中心を射抜くとこちらに満面の笑みを向けた。
悠は彼に歩みよりゴツゴツした手で少年の頭を撫でた。
くすぐったそうに笑う少年の顔を見ていると、悠の心に温かい物が溢れた。
更に視界は変化を続ける。
ここまで来れば悠にも、これが今まで戦ってきた場所なのだと分かった。
縁側に座りお茶を飲む自分に、幼い子供が二人遊んでくれとせがんでいる。
どれと腰を上げ、妹であろう女の子を抱き上げ高く持ち上げると、もう一人の男の子が自分もと両手を上げる。
やれやれと女の子を降ろすと彼女はもっとと両手を上げた。
それを見た男の子は兄の矜持か両手を降ろした。
悠はそんな兄妹を見て、二人を両腕で抱えると庭の外へ向かって歩き始めた。
はしゃぐ二人の様子に思わずこの体の顔がほころぶのを悠は感じていた。
次に悠の瞳が映し出したのは白い服を着た男女だった。
その男女、カリーンとシェリーが口付けを交わすと大勢の人々が彼らを祝福し、花びらを撒き散らした。
誰もが笑顔を浮かべ若い二人の行く末を祝っていた。
そんな人々に応える二人の顔にはかつての濁りは無く、とても澄んでいる様に悠には思えた。
突然、強面の男が悠になにやら話しかけてくる。
どうやら連れて来た少年の治療を悠に頼んでいるらしい。
見れば少年は薄汚れた衣服を着ており、擦り傷や痣が顔や手に浮かんでいた。
苦笑しながら悠が治療を始めると、金髪のクリっとした目の女性は嬉しそうに笑った。
草原を風が駆け抜ける。
それを頬に感じながら悠は栗毛の馬に乗り牛を追っていた。
無精ひげの男が牛をばらけさせた悠に多少あきれながら声を掛け、こうやるんだと牛を追い込んでいた。
穏やかで慌ただしい戦場とは全てが真逆だった。
男を追いながら、その穏やかさに気持ちが癒されていくのを悠は感じていた。
そんな草原の風景が薄れ、悠の前に蓋の付いたジョッキがドンと置かれた。
そのジョッキの向こう、テーブルの対面でエルフの少女が赤い顔でこちらをジトッと見つめている。
どうも彼女は悠の正体を探ろうとしているようだ。
それを金髪のイケメンと僧侶の青年が諫めていた。
他のメンバーはそれぞれ好き勝手に飲んでいる。
そんなパーティの様子を見ながら忍者の男は微かに口元をほころばせた。
瞬きと共に雑多な酒場から石畳の街へ場面は切り替わった。
街は活気に溢れ人々が慌ただしく行きかっている。
駆け回る子供達の中に上等な服を着た少年の姿を悠は見た。
平民の子に混じり遊ぶ姿を物陰から見た悠の心に、安堵感と喜びが広がった。
そしてまた視界は切り替わる。
山城から見る水が張られた田んぼは陽光を反射しキラキラと輝いていた。
田植えが終わった場所には青々とした苗が整然と並んでいるのが確認出来る。
その田んぼの向こう、山の中腹には黒く焼け落ちた寺が見えた。
憎しみのこもった目がフラッシュバックし、胸が締め付けられるような感情が沸き上がる。
そんな悠を心配そうに少年が見上げていた。
年の頃は十歳ぐらい。
悠の体はその少年を抱き上げると目線を再度田畑に戻した。
「父上、そんな悲しそうな顔を為さらないで下さい。父上は皆を守った英雄なのです」
英雄か……それに憧れて試練を望んだが、やっている事は人殺しだ。
「父上! 父上は間違っておりませぬ!
「……そうか……父は間違っておらぬか?」
「はい!! 父上は私の誇りです!!」
はにかんだ少年の顔が翳む様に消え、悠の意識は覚醒した。
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