第29話 苦しみと呪いと

 源九郎げんくろうは言うだけあって槍の名手だ。

 これまでのループで何度か挑んだが、まとも戦っても勝ち目は薄い。


「貴様は島田の草か? 陣を抜け寺を焼いた手並みは見事じゃった……どうじゃ島田時忠しまだときただの首を持てば使こうてやっても良いぞ」


 槍を構え間合いを図りながら源九郎は言う。


「島田時忠……それって島田の殿様だよね? じゃあ無理だ」

「ほう、草の分際で滅びかけの国に忠義を尽くすか?」

「忠義っていうか、時忠は僕だもん」

「何? ……クククッ、それが誠なら是が非でも首を取らねばなぁ」


 源九郎の左足が地面を蹴り一気に間合いを詰める。

 付き込まれた槍は弾丸の様に身を伏せた悠の上を通り過ぎた。

 息つく暇無く引き戻された槍が伏せた悠に襲い掛かる。

 それを後ろに飛んで躱し間合いを開けると、悠は背を向けて炎上する本堂へ駆け込んだ。


「……どういう事じゃ」


 悠の自殺とも取れる行動に源九郎は困惑した。

 草、隠密だとすれば自分が時忠というのは騙りだろう。

 しかし、本当に時忠だったとすれば何の意味が……。


 混乱する源九郎の頬をクナイが翳める。


「どうしたの? 僕の首を取るんじゃないのかい?」

「貴様ぁ……いいじゃろう、誘いに乗ってやる」


 頬の痛みが源九郎の理性を飛ばした。

 彼は湧き上がった怒りの感情に身を委ね、本堂の階段を駆け上がり黒く煤けた仏像の前で悠と対峙した。

 本堂は燃えてはいたが、内部までまだ火は回っていない。

 それでも汗が吹き出し二人の顔はテラテラと光っていた。


「焼け死ぬ方がましだったと思える苦痛を与えてくれる」

「君、ホント悪趣味だねぇ……」


 悠は周囲の状況を観察しながら、タイミングを計った。

 この体では正攻法で勝つ事は難しい。

 弓を使った遠距離からの攻撃も試したが源九郎は妙に勘が鋭く、放った矢は全て叩き落されてしまった。

 出陣した源九郎に罠を使っての攻撃してみたが、源九郎の馬、日輪丸にことごとかわされてしまった。


 悠が最終的に辿り着いた結論は躱されるなら、躱す事の出来ない攻撃をすればいいという物だった。

 刀や弓は槍によって捌かれてしまう。

 捌かれない攻撃……。


 唇を舐めタイミングを計っていた悠と源九郎の上、炎に焼かれた天井の一部が崩れ落ちた。


「ぬっ!?」


 思わず上を見上げた源九郎に合わせて、悠は懐から取り出した徳利を源九郎に投げつけた。

 源九郎は即座に反応し槍を振るって徳利を砕く。

 砕かれた素焼きの徳利は油を周囲に撒き散らした。

 当然それは源九郎の体にも浴びせられる。


「なんじゃこれは!?」


 衣服にしみ込んだ油に焼け落ちた瓦礫から火の粉が飛んだ。

 炎は一瞬で源九郎の体を包み焼いた。


「グオオオ!!!!」


 源九郎は床を転がり火を消そうとする源九郎に悠は二つ目の徳利を投げた。

 炎は更に大きく燃え上がり源九郎を焼いた。


「グアアア!!! こっ、この卑怯者がぁ!!!!」

「卑怯……そうだね……僕は卑怯者だ」


 炎に包まれた源九郎の目が怒りを湛え悠を睨む。

 悠は戦場での経験から焼き殺される苦しさも知っていた。

 出来れば焼くのは寺だけで源九郎は苦しませる事無く倒したかったが、他の手では彼を討ち取る事は出来なかった。


「ごめん……ごめんよ……」

「おのれぇ……おのれぇ……カハッ……島田……時……忠ぁ……輪廻の…果て……で…出会った……時は…必ず……ころ……」


 悠は燃え盛る源九郎に小太刀を振り上げ、彼の苦しみを終わらせた。


「次出会った時……その時は正々堂々戦う事を誓うよ」


「殿!! 日輪丸を連れて参りました!! 殿!! どちらにおわす!?」


 本堂の外、寺の敷地に黒毛の馬を連れた侍の姿が見える。

 悠は源九郎に向かって片手を立て黙祷するとその黒毛、日輪丸に向かって駆けだした。

 侍が事態を把握する前に彼の体を踏み台にして日輪丸に飛び乗る。


 悠はそのまま馬を奪うと門を抜け参道を駆け下りた。


「曲者じゃッ!! 追えッ!!」


 背後からの声を無視して悠は馬を走らせながら口の中で呟く。


「レミアルナさん……少し……疲れました……次はほんの少しでいいので、休める場所をお願い出来ないですか……」


 暫く待ったが彼女からの返事は無かった。

 この試練を管理しているのは事務員だから、彼女もそう簡単に口を出す事は出来ないのかもしれない。


 これは悠が望みやると言った試練だ。

 弱音を吐くのは筋違いだろうし、辛ければ止めていいとも言われている。

 誰かを殺さねば自分の夢は叶わない、それは最初の戦場で嫌と言うほど分かっていた筈だった。


 それでも人が苦しみ死ぬ姿を見るのは、自分を呪いながら死んでいく人間を見るのは、悠の心を酷く疲弊させた。

 悠は城に向かわせた源九郎の愛馬日輪丸の上でいつの間にか意識を失っていた。

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